おじさん少年の記

疲れた時代に、癒やしの言葉を。からだはおじさん、こころは少年。

【短編】無限地下ホテル・続

地の底に向かってどこまでも円柱状の空洞が続き、その側面いっぱいに、客室のドアが段層状に並んでいた。

 

無限の闇へとつながる不思議なホテルは、私の興味関心をそそるのに十分だった。怖がりな性分にもかかわらず、私はもっと下を目指していった。

 

闇に進むほど客室は豪華になり、想像を超える贅沢が客をよろこばせる。その一方で、闇のほうからも正体のしれない怪物が上がってきており、どこかでまみえてしまえばパクリとやられてしまう。こうした仕組みは地上のホテルマンにはっきりと説明を受けたわけではない。が、地下に足を踏み入れて以降、心の中で勝手に理解が進んだ。

 

沈めば沈むほど、贅沢と恐怖の程度が増していく。ここで足を止めておけばなんの危険もないのに、やめられない。なんと浅はかなことか、自分は。

 

今や相棒ともいえるエレベーターは、私の心中をすっかり見抜いているかのように、適当なところで降下を止め、無言でドアを開けた。

 

B1360、とあった。

 

相当に深いところまで来た、と思いながら、無意識にいざなわれるがままにフロアに足を踏み出した。そして、とあるドアの前で止まった。

 

ドアノブをひねると、ヒュルヒュルとやや強い風が全身を吹きつけてきた。

 

壁という壁が、どこか南国の浜辺を映し出している。一直線に伸びる白砂のじゅうたんに沿って、少しばかり元気な波が打ち寄せている。そして、風がやたらと存在感を放っている。怒っているような、ソワソワしているような、終始落ち着かず、目的もなく、どこからどこへということもなく駆け抜けている。

 

これは、スクリーンに映し出された光景なのか。それとも、本当に目の前に南国の白浜が広がっているのか。私には判断のしようもなかった。深く詮索してもあまり意味はないと考え、ただ見・聞き、感じるがままにしばらくその場に身を置くことにした。

 

開放感があった。私のこころと視界をさえぎるものは、何もなかった。白浜に腰を下ろし、念じると、瓶ビールとつまみが手元に現れた。何を考えるともなく、飲み、ポリポリとかじった。

 

この部屋は、どこかの世界と同通しているのだろう。それは地球上の特定の場所かもしれないし、あるいは私か誰か知らない人の単なる妄想空間かもしれない。それはもう、どうでもいい。ここで、しばらくやすらぐことにしよう。

 

日差しの弱いのだけが気にかかった。ただ、横たわる私に危害を加えそうな存在はつゆほども感じることがなく、無防備な格好で白い砂に浸った。

 

夕暮れはやってこず、いつまでも青い空があった。目立った変化のないこの世界は、私に敵対してくるわけでもなければ、優しく受け入れてくれるわけでもなかった。ただ、ありたいように広がっているように見えた。

 

私は、そろそろ次の段階へと進むころだと根拠なく思った。何日か過ごしたであろう客室を離れ、再び無言のエレベーターに乗り込んだ。

 

ここまで、例の怪物とはまみえることなく旅を続けることができた。まだまだ、私のいる階層は人間世界の範疇ということなのだろうか。では、どこからが彼ら魑魅魍魎の世界なのか。彼らと客室で面したとき、一体どんな出来事が起きるのか。私は、彼らに喰われた後、どうなるのか。

 

さまざま妄想だけが頭の中で暴れた。それは苦痛のようでいて、刺激でもあり、妄想を飼いならそうという考えまでは起こらなかった。私は、まだまだ無限地下ホテルでの旅を続けようと思った。私の念が指し示す方向に向かって、エレベーターは稼働を始めた。