おじさん少年の記

疲れた時代に、癒やしの言葉を。からだはおじさん、こころは少年。

【ざんねんマンと行く】 第37話・暴露系ユーチューバーとの対決

ピンポーン

 

日曜日の午後。アパートのチャイムが鳴った。

 

カップラーメンをすする手を止め、インターホンの画像をのぞいた。

 

びっくりした。

 

知らないお兄さんが、カメラ回してるよ。

 

人助けのヒーローことざんねんマン、不気味な訪問者に少し身構えながらも応答ボタンを押した。あのう、どちらさまでしょうか。

 

「あの、すいません。私はネットでユーチューバーやってる者です。最近、注目を浴びてるざんねんマンにぜひお話を伺いと思いまして」

 

言葉遣いは丁寧だが、明らかに何かを狙っている様子だ。ざんねんマン、生物としての本能が警戒モードがMAX近くにまで高まった。しかし、来客を断るのは人助けのプロとしての誇りが許さない。意を決してドアを開けた。

 

ギギ―

 

あいさつもなく、いきなり小型カメラを向けてきた。ひげの剃り残しが目立つ、休日のたるんだ顔面が、容赦なくさらされてしまった。

 

「ふっふ、今日はとことん暴露してやるぜい」

 

不気味な男が、小声でつぶやいた。このお兄さん、マジでヤバい人かもしれないぞ。ざんねんマン、穏便に退去願わんとコミュニケーションを試みた。

 

こんにちは。あの、私お金とか持ってないですよ。相手するだけ無駄かと・・

 

「いやいや何をおっしゃいますか。『人助けのヒーロー』をうたっているざんねんマンさん。さぞさぞおいしい思いもされてらっしゃることでしょう。あの手この手を使って、ね」

 

男はざんねんマンの話をまともに聞こうとしなかった。男がいうには、ざんねんマンが記録を更新している「人助け達成率100%」には裏があった。見せかけだけよくしようと、こそっとキーマンにお金を握らせているに違いなかった。寿司をほうばらせ、ときには豪華リゾート施設で接待しているに違いないんだ。じゃないと、実績を出し続けられるはずがない。今日はこの見掛け倒し男の裏を暴いてやるんだ。

 

なんとまあ、思い込みの激しい兄さんですこと・・

 

ざんねんマンの、ややあきれたような口調が、男の闘争心に火をつけた。

 

「おおー言ってくれましたなあ。暴露系チューバ―の『TERU』こと、このおいらを敵にするったあ、いい根性だ」

 

勝手にケンカを買われてしまった。

 

なんですか。そうですか。ああもう、いいですよもう。何が聞きたいんですか。聞いてくれたら、答えますよ。お兄さんの勝手な思い込みを解きほぐさないと、私も不本意ですんでね。

 

「気取ったこと言ってらあ。じゃあ聞きますけどねえ、あなたよく、駅前の牛丼屋に行ってますよねえ。それ、どうしてですか」

 

え、どうしても何も、牛丼が好きだからですよ。何か問題でも?

 

「ふっ。牛丼をパパっとかけこむふりをしながら、誰かと密談でもしているんでしょう」

 

密談、とな。あの短い時間で誰かと打ち合わせなんて、無理でしょう。それに、私のあそこの店のつゆが大好きでしてね。どんぶり以外に意識は向かってないですよ。

 

「おっと、早速ボロを出したみたいだな、おっさん。いま『つゆ』って言ったけど、それは何かの隠語なんだろう?それとか、『たまご』とか、『ねぎ』とか、キーワード使って、それとなく情報交換してるんだろう!」

 

男の瞳がキラリと光った。今日も再生回数稼げるぞ。そんな声が聞こえてきそうなしたり顔だ。

 

すごい推理、というか、邪推というか。あなた、違う分野でその疑り深さを生かしたほうがいいかと思いますよ。ああでも、確かにそうですね、私はよく『つゆだく』、頼みますよ。おなかすいたときなんかは『大盛り』ですね。たまには『ネギだく』もいきますなあ。あ、あと、やっぱり『ギョク(卵)』は外せませんなあ。

 

「だんだんと手の内が見えてきたぜ。ふっ。このTERU様にかかりゃあ、いんちきヒーローなんぞものの相手じゃないのさ。さあ、白状するんだおっさん。その隠語を使って、きっと人助けのサポートとか、やらせとか、さくらとか、段取りつけてたんだろう?」

 

あの、もう、すいませんが、どうして私なんかの牛丼話ごときに食いつくんですか。まったく変わりもんですなあ兄さんは。ああもう、面倒くさいなあ、いいですよ、はい。そうですよ。私はねえ、牛丼大好き人間ですよ。でね、よくどんぶりかっ喰らってるときに出動コールが掛かってきますよ。だから、勢いよくバーとのどに流し込んでね、そこの自動ドアからサーッと空に飛び立って・・

 

「なるほどね。すべてはこの牛丼屋から始まってると。ネタをしっかり仕込んでね。おそらく裏で動いているのは店員だな?きったねえ手を使いやがって。で、幾ら払ってるんだ?その店員に。1本(1万)か、3本か」

 

本当に無駄な妄想力を発揮しよりますねえ、お兄さんは。何を言ってるんですか。牛丼代だけに決まってるじゃないですか。

 

ざんねんマン、与太話には付き合っておられぬとばかりに片手で制止し、ユラユラさせた。そのしぐさが、また男の空想にエナジーを与えてしまった。

 

「な、なるほど、5本、とな。しかもその幅のある触れ方から察すると、もしや桁(けた)が違ったか。ひょっとして、50本・・・」

 

男がビクつくのが分かった。こいつぁすごい大物だ。さすが本当のワルは、やることもスケールが違うようだぜ。ただの牛丼屋の店員に、1件のミッションサポートで50本も出すとは。でかい仕事になったら、どれだけばらまくんだろう。すごい、すごいぜこのおっさん。今日は、本当の本当に、おいしいエサにありつけたぜ。

 

畏怖が混じったまなざしを浴びたざんねんマン、どう言葉を掛けたらいいものか迷った。勝手においらのキャラクターが創られていってるみたいだ。

 

あっけにとられるばかりの、間の抜けた表情を、男の小型カメラがなめまわすように映した。「おっさん、実はこれ、ライブで中継してるんだ。残念だったな」

 

なんとまあ、かみ合わないトークは世界中に配信されていたのだった。あらまた、なんということ。まあ私はいいですけどね。ただ、お兄さん、牛丼の話なんかで中継なんかして、視聴者にあきれられるんじゃないですか。

 

「なにいってんだ。おかげでダーティーヒーローの裏がのぞけたってなもんよ。ワルのやることは用意周到、誰にもバレず。ってね。酒場でもホテルでもなくって、ファーストフードの牛丼屋が舞台ってのは、誰も思いつかなかったんじゃないかなあ。やるね、おっさん。でも、これからは牛丼屋での『仕込み』はやめとくこったな。このTERU様が黙っちゃいねえぜ」

 

大漁大漁とばかりに男はカメラを止め、意気揚々と昼下がりの街中へと消えていった。

 

なんだったんだ、あの変な兄ちゃんは。

 

首をかしげ、リビングに戻った。食べかけのカップラーメンは麺が伸び切ってしまっていた。ああ、今日は家でゆったりしようと思ってたけど、おなかすいたままだ。仕方ない、いつもの牛丼屋いくか。あ、行ったらまたあの変な兄ちゃんに取り上げられちゃうのかな。ああもう、面倒くさい!ええもう構わん、おいらは好きな牛丼を食べにいくぞ!

 

ざんねんマンが覚悟を決め牛丼屋で「大盛り・つゆだく・ギョク」を注文したころ、ネットの世界はすこしざわついていた。

 

震源地は、暴露系ユーチューバー・TERUのチャンネルだった。

 

「おお!見てくれヒーローの『密談』の場所がようやくわかったのか!」「一件のインチキ出動で、さくら一人に5本!ワルはやっぱカネ持ってるねえ」「どこに金づるがいるんだろうな」「闇の世界を探るTERUのおかげで、さらに深い闇が見えた!」

 

熱烈なフォロワーたちのコメントは、ほぼ絶賛であふれていた。

 

ただ、一部、ほんの一部だが、冷静なコメントもあった。「あのおじさん、ただの牛丼好きだったって話なのでは」「言ってることだけ振り返ったら、そういうことになってしまうよね」「ああ、牛丼食べたくなってきた」

 

世界に闇を見出そうとする人にとって、世の中はどこまでも闇が潜んでいる。そこには真実があるかもしれないが、邪推が邪推を生み、無用な疑いや恐れ、怒りを生み出しているかもしれない。真実は意外と見たままで、つくらず、飾らず、ありのままなのかもしれない。ときには素の眼(まなこ)で世界をとらえてみる姿勢も、失いたくないものだ。

 

胃袋がギュルギュルと鳴りだしたところで、注文の品が着丼した。これこれ。うまいんだよなあ。幸せを感じるひとときだよまったく。いただきまーす。

 

涎(よだれ)が垂れんばかりのざんねんマン、今日もささやかな幸せをかみしめ、人助けへのエナジーへと変えるのであった。

 

 

~お読みくださり、ありがとうございました~