おじさん少年の記

疲れた時代に、癒やしの言葉を。からだはおじさん、こころは少年。

【ざんねんマンと行く】 ~第45話・究極の自己中と「三方よし」(上)~

軽くなった徳利を、未練がましく振ってみた。ああ、残りちょびっとか。

 

駅前のにぎやかな居酒屋。寂しい懐事情もあり、カウンターでチビチビやっていると、不意に隣から声を掛けられた。「どうですか、一杯」

 

徳利を傾けてきたのは、黒縁眼鏡が印象的なスーツの男。頬に何重にも刻まれた皺の深さが、送ってきた半生の複雑さを想像させる。

 

え、いいんですか?いやあ、すいませんねえ、最近懐が軽いもんで。

 

人助けのヒーロー・ざんねんマン、大好きな酒を前に、お礼もそこそこに猪口をくちびるに運んだ。

 

スーツ男は三好(みよし)といった。ペンキや塗料を売る仕事をしているという。「最近はDIYが流行ってましてね、ありがたいもんです」とにやける。売り上げが伸びているのか、羽振りはよさそうだ。

 

徳利1本に喜ぶざんねんマンを、三好は哀れそうに眺める。ああ、人生の落伍者のなんとまあ無様なことよ。それに比べて、儲けてウハウハのこの俺様。まったく、人生の勝ち組は余裕があって仕方がないねえ。

 

勝者の優越感に浸りながら、三好はつぶやくともなく自らの人生観をつぶやいた。「世の中ねえ、売ってなんぼ、儲けてなんぼですよ。少々質の悪い商品だってね、売れてしまえばこっちのもの。よくよく調べもしないで買う客のほうが悪いんだ」

 

どうも、粗悪品も紛れ込ませて商売をしているようだ。法律に触れるギリギリのライン。しかし、三好は悪びれるどころか、「結局、自分だけが幸せになればいいんだよ」と開き直った。

 

世の中に恨みがあるのか。憎しみのようなものすら感じさせる物言いは、ざんねんマンの心に重いものを残した。三好さん、それってまっとうな商売じゃないと思うんですけど。

 

「何言ってるんだい、そんなきれいごといっててもね、儲かりはしませんで。俺はね、俺だけ儲かればいいの。俺はね、究極の自己チュー人間なんだよ」

 

会社員となって間もないころ、人に何度か騙された。生まれた不信の根は深く、まっとうに仕事をするのが馬鹿らしくなった。以来、姑息な手段も使いつつ、儲けることだけを目的にものを売り買いしているのだという。

 

札束を積み重ねてこそいるものの、ひそかに限界も感じてきているようだった。一度騙された消費者は(三好に言わせれば「よく調べもせずに買った客の責任」)、二度と三好の商品を買ってはくれない。そのため、渡り鳥にように営業先を買え、ときに店の看板を変えながら、焼き畑農業のように移り移りして商売をしているのだった。

 

やや自嘲気味に半生を語る空しき勝者に、黙って耳を傾けていた傍らのざんねんマンが口を開いた。人助けのヒーロー、ここから巻き返しだ!

 

~(下)に続く~