おじさん少年の記

疲れた時代に、癒やしの言葉を。からだはおじさん、こころは少年。

【ざんねんマンと行く】 ~第24話・誰の役にも立たない人間はいるのか~

「僕なんか、いてもいなくても同じだい」

 

高校2年生の哲郎は天井を仰いだ。

 

勉強はからっきし。運動神経なんてさらさら。おかげに髭が濃くて、おじさんみたいな顔をしている。それに加えて気弱なところがあるから、友達なんかろくにできない。学校でも、自分はなんだか空気みたいな存在だよ。

 

お父さん、お母さんは優しいけれど、僕の空しさまでは気付いてもらえない。

 

誰にも求められない、誰の役にもたたない。こんな人生送っていくの、つらい。このまま生きていっても、いいことない気がする。

 

「どうせ、僕なんていなくたって、いいんだ!」

 

大人に近づく大切な時期。深まる自我の不安と不信。諦め。半ば投げやり気味に発した嘆きを、一人の男がハートでしっかりと受け止めた。人助けのヒーローこと、ざんねんマン。「しばし待たれい」とつぶやくや、自宅のベランダをトンと立ち日暮れ間近の大空へ。哲郎の暮らす伊豆の漁村へツーと翔けた。

 

ぼんやりと窓越しに夕空を眺める哲郎と、空に浮かぶマント男の目が合った。「あなたは一体・・」

 

このおじさん、心の中が見えるのかな。不思議な力があるようだ。相談相手になってくれるかも。

 

いやいや、ちょっと待て。大人にありがちな説教攻めなんか喰らわされたら、たまらないぞ。

 

窓越しに、哲郎は先制攻撃に出た。「僕はねえ、誰の役にも立たない人間なんです!生きてても意味ないんだ」

 

・・

 

やや沈黙があった。ああ、やっぱりこのおじさんも頼りにならないか。そう思った瞬間、マント男が口を開いた。

 

いやその、まずもって私に出番を与えてくださいまして、ありがとうございます。

 

拍子抜けした。お礼言われちゃったよ。

 

そこには理由があった。悩める人、苦しむ人がいてこそ、ヒーローが力を出せる。人生に諦めを抱きかける青年の存在は、それ自体が人助けを使命とするざんねんマンに生きがいを与えていた。

 

お兄さんがいてくれるからこそ、私がいるんです。どこかのコメディアンも言ってたじゃないですか。君がいて、僕がいる、と。

 

なんだか「俺うまいこと言った」風のドヤ顔をたらすざんねんマンに、哲郎は反撃した。「そういう臭いセリフ、いらないから。じゃあ聞きますけど、僕、他に何か役に立っていること、あると思いますか?」

 

今度こそ何も答えられまいー。優越感とともに、一抹の寂しさをかみしめながら、哲郎はマント男のリアクションを待った。

 

と、2階の窓越しに応酬を交わす2人の眼下で、1台のミニバイクが止まった。「〇〇通運で~す。お届け物で~す」

 

「あっ」とつぶやき、哲郎が玄関に降りた。ささっとサインをし、手にした箱を抱えて戻ってきた。「大好きなプラモデルを注文してたんだ」

 

むっふっふ

 

ざんねんマンが不敵な笑みを浮かべた。なんだ、今度は何を言い出すんだ、この変なおじさんはー

 

お兄さん、つまりはそのプラモデル会社を助けてあげたというわけですな。あなたが商品を一個お買い上げになった分、そのプラモ会社も売り上げが増えた。そこの社員も家族も、助かった。これもまた、誰かのお役に立ったということじゃないですかな。

 

むむむ・・

 

これまた予想してない反撃に、哲郎は黙り込んだ。たたみかけるように、廊下の下から声が聞こえてきた。「てつく~ん、ごはんよ~」

 

哲郎の母親だった。息子のため、日々愛情を込めて料理をこしらえてくれていた。「今日はてつくんの好きな、シチューよ~」

 

むっふっふ。つまりはお母さんにも生きがいを与えていると。

 

ざんねんマンの低い笑いが、哲郎の心を今までにない潤いと不快感でかきまわした。くっそう、この変なおじさん、言ってることは当たってるけど、なんかいまいましいぞ。

 

あ!まだありますよお兄さん!

 

あなたの好きだというシチュー。具材のジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ。どれも、育てている農家さんを助けてますね。お兄さんの胃袋が、日本のどこかで暮らしている農家さんと家族の役に立っているわけですよ!

 

息をし、食べ、寝ているだけでも、誰かを助けている。誰の役にも立たないという人間は、この地球上のどこにもいない。

 

うぬぬ・・

 

向かい合っているだけで、まだまだ実例を挙げられそうな空気に、哲郎はとうとう白旗を挙げた。「おじさん、確かにおじさんの言う通りですよ。僕は、誰かの役に立っている。それも、結構多くの人の、ね」

 

自分という存在が、世の中にあっても、許されていいのか。安らぎが、沈んでいた哲郎のこころをちょっとだけ軽くした。

 

そうですよ、お兄さん。だから投げやりになるんじゃなくて、自分なりに生きていくんですよ。

 

目立たなくたっていい。もてなくても、頭が悪くても、運動音痴でも、おっさん顔でも、いいじゃないですか。

 

「みなまで言うなー!」

 

哲郎は涙目になりながら、ざんねんマンを遮った。おじさんのおかげで元気は沸いてきたけど、ちょっとイライラさせるんだよなあ。

 

「もう僕は大丈夫です。ありがとう。あ、あと、もうこれからは僕が悩んでも飛んでこなくて大丈夫ですから!自分で対処しますから!」

 

青年の「再訪問お断り」宣言は、ドヤ顔が鼻につくヒーローへの反発から出た言葉ではあったが、こころの自立に向け確かな一歩を踏み出したことのサインでもあった。

 

とうとう部屋に入れてもらえぬまま、お役御免となった。ざんねんマン、それではーと短くあいさつをすると、とっぷり暮れた大空へと舞い上がった。

 

今日もなんとか人助けをこなしたヒーロー。青年の宣言に頼もしさを覚えるとともに、「今晩はかあちゃんのシチュー、いつもに増して食べるんだぞー」と哲郎が聞いたらまたいきりたちそうな上から目線でエールを贈るのであった。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~

 

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