おじさん少年の記

疲れた時代に、癒やしの言葉を。からだはおじさん、こころは少年。

【ざんねんマンと行く】第37話・ネチネチ上司との闘い

「ガミガミ、ネチネチ、毎日うるさいんです」

 

新着メールを開くと、呪詛(じゅそ)の言葉が連綿とつづられていた。これまた、やっかいな仕事になりそうだ。

 

人助けのヒーローこと、ざんねんマン。活動を始めて1年が過ぎ、どんなエマージェンシーコールにも動じぬ胆力を養うに至っていた。今回の相談者は、どうも若手の会社員のようだ。安心するんだ若者、この私がなんとかしてみせよう!

 

若者のメールによると、職場の上司がなんとも嫌味な男で、へきえきしているらしい。仕事はまあ、できる人物なのだが、指示の出し方、評価の仕方一つに皮肉やら自慢が混じるのだという。

 

「君ねえ、これぐらい1日で倒せないようじゃあまだ半人前だ」

「私なんかは誰の手も借りずにこなしてきたもんだ。まあ仕方ない、誰かに応援を頼んでやろう」

 

余計な一言が多すぎる上司というのはいるもんだ。このネチネチ親父、なんとかギャフンといわせられないものか。

 

つまりは上司に逆襲したい。それが若者の相談だった。

 

逆襲するったって、相手は一筋縄じゃいかないひねくれ野郎だからなあ。正攻法で向かったって、簡単にはいかないぞ。なんとすべきか・・

 

ざんねんマン、とりあえず若者とZOOMで面談。社会経験だけはちょいとばっかし多めに重ねている者として、若者に現実的なアドバイスをした。

 

・正面から歯向かったら、後で仕返しされかねない(それが会社組織だ)

パワハラなら訴えやすいが、ムカムカさせるだけのイラハラはまだ認知度が低い(労基署もたぶん動いてはくれんよ)

・上司もそこそこ仕事ができるのが余計にイライラするというのは、よくわかる。いるんだよなあそういうやつ。そこは共感する。

・と、いうことで、まともにやり合おうとするのは得策じゃないと思う。

・結論。まあ、聞き流すのが一番いいんじゃないでしょうかねえ。

 

若者「うーん、なんかその、『長いものには巻かれろ』的な考え方がなんとも頼りない・・残念なおっさんだ」

 

若者に鋭く指摘され、ざんねんマンは思わずいきり立った。なんとな、頼りないとな!残念とな!ええ、そうですよ、私は頼りない不惑のおっさんですよ!ですがねえ、こうしてなんとか働いてやっていけてるんですよ。頼りなくて上等!長いものに巻かれて、上等!

 

どうせなら、徹底的に、巻かれてみたらどうですかい、若者さんよお!

 

ざんねんマンの開き直ったような挑発に、若者は当惑した。どういう意味なんだ。

 

ガミガミ、ネチネチはなんとも嫌なものだが、それを除くと上司の発言には確かにまともな指摘も散りばめられていた。仕事の段取り。資料のまとめ方。取引先へのアプローチの仕方と、気配りのポイント。経験と工夫から生まれた知恵の部分には、傾聴に値するものが多かった。

 

相手のネチネチクリンチにこねくり回されながらも、タコのようにしなやかによじらせ、心身がダメージを受けるのを防ぐ。むしろ、相手の中に潜む「知恵」というパワーだけをしたたかに吸い込ませてもらえばいいじゃないか。

 

長いもの(ネチネチ上司)に巻かれて結構。こっちは、しっかり栄養分だけいただけばいいんだ。

 

相手を人間だと思うから腹が立つ。だったら、いっそのこと今はやりのAI(人工知能)かなんかだと思ってしまえ。

 

SNSでよくつぶやく、〇〇BOTみたいなもんだ。

 

BOTが何を言ったって、腹は立たない。どんなきつい指摘をしてきたって、怒りは沸かない。むしろ冷静に受け止められる。

 

「おじさん、俺、なんか打開策が見えた気がするわ」

 

画面越しにも、若者の瞳に力がみなぎるのが分かった。そうか、若者。なんでもいい、歯向かうばっかりが人生じゃないよ。しなやかに、したたかに、生きていくんだ。

 

ZOOM画面を閉じると、ざんねんマンは若者の健闘を祈り、缶ビールをプシューとやった。

 

その後。若者は一つの創作アイテムをつくりだし、上司のネチネチ光線から知恵という栄養分だけを吸い込む画期的な仕組みを構築することに成功した。

 

名付けて「BOT-PHONE」

 

見掛けは普通のワイヤレスイヤホンだが、内部に音質をデジタル風味にする変換器を取り付けている。これで、外部から入ってくる人の声はみんな「BOT」風になる。

 

「君ってのは、何回言っても覚えない人間だなあ」

 

これは、BOT-PHONEではこう聞こえる。

 

「キミッテノハ、ナンカイイッテモ・・」

 

無機質なカタカナ音が、AI感を見事に演出している。あはは。BOTに愚痴を言われたって、痛くもかゆくもないさ。さてさて、おいらは役に立つところだけ耳をそばだたせてもらうことにするかなあ。

 

若者は上司の愚痴を余裕の笑顔で受け止めつつ、実はうまくかわしつつ、仕事の容量だけを吸収させてもらい、業務の質を高めていくことに成功した。そのからくりを知ろうと周りの同僚たちが助言を請いはじめた。まるで湖畔に投げ込んだ小石から波紋が広がっていくように、BOT-PHONEは静かに、職場に浸透していった。

 

その存在はやがて管理職以上にも知られることとなった。「最近、若手の業績が上がっていると思ったら、そういうことだったのか」

 

その中に、あのネチネチ上司もいた。うれしいような、情けないような、複雑な気持ちがした。俺の言うことは、それだけ若いやつらに嫌な思いをさせていたのか・・

 

そういえばちょっと前から、俺がしゃべろうとすると決まって部下が「ちょっと待ってください」と手で制してきた。そしておもむろにイヤホンを装着し、「じゃ、どうぞ」と満面の笑みで発言を促すのだった。

 

俺はつまり、BOT扱いだったのだ。ぶっちゃけ、信用も信頼も、されてなかったのだ。

 

く、悔しい~!!

 

ネチネチ上司は、その日から「打倒BOT」を心に誓った。部下がBOT-PHONEを装着しようとすると、「ちょっと待ってくれ」と哀願するようになった。俺を人間としてみてほしい、ちょっとでいいから信用してほしい、その気持ちから、今までのネチネチをやめ、いたわりの気持ちから語り掛けるようになった。

 

ネチネチ上司は、いつのまにか気配りのきくホカホカ上司へと変身していた。もう、BOT-PHONEは必要なかった。職場の生産性とチームワークは、それまでに増して高まっていった。

 

若者の会社の成功事例は、そのままビジネスシーンへも横展開を遂げた。同社製の独自商品として正式に発売され、大企業をはじめ各地、各業界へと急速に浸透。海外進出も果たした。

 

そして面白いことに、どこかの段階で、BOT-PHONEの売り上げは緩やかに天井を打った。それの手を借りずとも職場の空気を変え、生産性を高める道を、世の中のネチネチ上司、ガミガミ管理所が探り始めたのである。

 

BOT-PHONEの流行を伝えるテレビニュースを見ながら、ざんねんマンはうまい酒を飲んだ。まあ、いうたらおいらが商品の生みの親みたいなもんだ。若者も、おいらにたっぷり感謝していることだろうよ。

 

あ、あんまり偉そうに話してるとBOT-PHONE装着されちゃうかな。自慢話はそこそこにしておこっと。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~