おじさん少年の記

疲れた時代に、癒やしの言葉を。からだはおじさん、こころは少年。

【ざんねんマンと行く】 ~第13話・賀詞交歓会で修羅場見る~

今日で俺のキャリアも終わりか・・

 

300人が集う恒例のパーティーがまもなく始まるというのに、企画開発課長である矢沢の表情は冴えなかった。

 

年明け早々、日本各地で開かれる「賀詞交歓会」。各業界の企業関係者らが一同に会し、名刺交換を通してパイプづくりに励む場だ。印刷大手「凸凹(でこぼこ)印刷」に勤める矢沢は、シャープな頭脳と人当たりの良さが周囲に認められ、堅実に出世の階段を上っていた。このような交流の場は、人間の好きな矢沢にとっても楽しみで仕方ないはずだった。が、今回は事情が違った。

 

半年前のこと。信頼する優秀な部下に、一つの開発案件を託した。部下は期待に応えるべく奮闘したが、取引先の業績悪化などもあり、企画は頓挫した。企業にとって、挑戦と失敗はつきものだ。会社の上層部はむしろ、矢沢と部下のチャレンジを評価する方向に動いたが、矢沢の活躍を快く思わない直属の上司の寺山だけは許してくれなかった。

 

「お前、これだけの失敗をやらかしておいて、沙汰なしなんてことは期待するんじゃないぞ。けじめをつけろ、けじめを」

 

突きつけた「けじめ」は、矢沢の想像をはるかに上回った。

 

「ネクタイ、外せ」。言われた通りに、外した。「そしたら、巻け」。ポカンとする矢沢をあざ笑うかのように、寺山が言い放った。「巻くんだよ、ココに!」。指さしたのは、額の部分だった。「巻くんだよぉ、矢沢ぁっ!!」

 

日本では古来より、宴会の場ではサラリーマンたちがネクタイを頭に巻き、踊り出すというならわしがある。滑稽な格好を通じて場を和ませ、ムードを盛り上げるのだ。ただ、それはあくまでお酒の場でのこと。それを、「今度の交歓会でやれ」というのだ。なんたる屈辱。場面を想像する矢沢の全身から恥辱で汗が噴き出た。

 

けじめはつける。だが、勇気が出ない。恥ずかしい。どうしたらいいのか。「誰か、アドバイスしてほしい!」

 

地球上で誰も口にしたことがないであろう珍妙な願いを、一人の男が聞き届けた。人助けのヒーロー・ざんねんマン。九州の実家でおせち料理をつまんでいたが、黒豆を三粒ほど口に放り込むと、えいよぅと関東の空へと飛び立った。

 

到着したときには開会10分前。時間がない。ざんねんマン、進退窮まった。「こうなったら、励まし倒すしかない」

 

そもそも交歓会って、おめでたい場じゃないですか。一年を明るく始めるために開くんでしょう?だったら、宴会スタイルでもいいじゃないですか。楽しく楽しく!盛り上げていきましょう!矢沢さんの人柄なら、分かってもらえますよ!たぶん!

 

かつてないほどハイテンションで盛り上げたざんねんマンに背中を押されたか、はたまた土俵際に追い詰められたか、矢沢も腹を決めた。「よっしゃ、いっちょやったろう」。おもむろにネクタイを首からほどくと、戦に臨む侍のようにギュギュギュッと力強く額に巻いた。

 

ごった返す会場の中でも、矢沢の姿は目立ちに目立った。目が点になる者、いぶかしげな視線を送る者、嘲笑する者、さまざま。その中でも、興味半分で声を掛けてきた男たちに、矢沢は売り出し中の芸人よろしく元気いっぱいに応えた。

 

「おめでたい日には、おめでたい恰好!それに、そもそも『ネクタイは首に巻くもの』って、誰が決めたんですか」

 

既存の価値観に挑戦する―。それは、常に時代の最先端を追い続けている矢沢が常に考えてきたことだった。首周りに品良くたたずむネクタイは、まさに「既存の価値観」ともいえた。一見奇抜な恰好は、矢沢のチャレンジ精神を図らずもビタリと体現していた。

 

ビジネスの最前線で日々戦う企業人たちに、その恰好とメッセージは十分すぎるほどのインパクトを与えた。この宴会芸スタイルの男、決して笑いをとろうと狙う道化師ではないぞ。価値観を壊し、価値観を創る、類まれなる挑戦者なのだ。

 

もとから能力・識見とも内外に認められていたことが矢沢の面目躍如に貢献し、閉会のころには称賛をもって迎えられた。当時の映像がマスコミに流れ、「イマジネーションの権化」とのテロップ付きでも紹介された。社内では、会社のイメージアップに多大なる貢献をしたとたたえられ、やがて管理職15人をごぼう抜きしての役員就任を果たした。

 

矢沢の出世を後押しすることになった横山は、恥をかかせようと企んだことを周りに明かすこともできず、地団駄を踏むばかりだった。

 

その後、世間では「頭ネクタイ」が日中でもじわり浸透し始めた。朝夕の通勤ラッシュ時の列車内は、どこか宴会ムードが漂う和み空間へと変わっていた。

 

新春早々の大ピンチを、見事にチャンスへと切り替えた。「あのヒーローが私を理解し、勇気づけてくれたおかげだ」と腰が低い矢沢に対して、たいしたサポートもしてないざんねんマン。「励まし倒すのもときには大切なのさ」としたり顔なのであった。