おじさん少年の記

疲れた時代に、癒やしの言葉を。からだはおじさん、こころは少年。

【ざんねんマンと行く】 ~第38話・悪人正機(下)~

青年のうめきが、ざんねんマンの胸にも重くのしかかった。悪をなし、そのことを悔いている人間に、なんと言葉を掛けたものか。

これまで助けてきた人たちの多くも、さまざまな悩みを抱えていた。乗り越える道を探すのは、容易ではなかった。
 
だが、ざんねんマンの素朴で多少ぶしつけにも聞こえる発言は、彼らの煮詰まった心に確かな光明を吹き込むことがあった。今回も、率直に、感じたままを語ってみるか。

お兄さん、まあ、言ったことは確かに悪いですよ。正直言って、最悪だ。

「うん。そう。そうなんです」。青年は硬くうなずいた。

そう、最悪なんだよ。お兄さんは。しかも、もう彼女さん、戻ってこないしね。

「それも、分かってますから。そこ、もう繰り返さなくてもいいですから」

青年がやや気色ばんできた。なんで人の傷口に塩塗るようなこと、するかなあ。もっと、なんかためになるアドバイスとか、慰めの一言とか、ないのかいな。

そうだねえ、こうなったらもう、落ち込みまくるしかないのかもしれないよ。だって、ほかにすること、ないじゃん。

適当ともいい加減ともいえるような発言に、青年はあきれると同時に一種の義憤に満ちた表情で睨み返した。

「僕だってねえ、最悪だけど最悪じゃないところもあるんですよ!だって、こうやって反省しまくっているじゃないですか!心の底まで腐りきってるわけじゃ、ないんですよぅ!」

そうか・・

面罵してくる青年を前に、ざんねんマンは一つのことに気が付いた。青年は、確かに悪をなした。だが、その悪が強力な重しとなって、心の底に潜んでいたもう一つの性分、つまり良心がうごめきはじめたのだ。

悪人はすべて悪ではない。悪を悪と認識し、悔い恥じる人間の心でこそ、正真正銘の善が輝きを放ちだすのではないか。

侍の時代、一人の僧がとなえた。

悪人正機説

歴史の教科書で読んだ記憶が、うっすらとざんねんマンの脳裏でよみがえった。そうだ、彼は今、まさにその状態にあるのだ。青年よ、悩め、悔いよ!底の見えなくなるまで!過去はもう変えられないが、これから先のことは君がどうにでもできる。自分の内なる善に気づき、磨くんだ!

突然信仰めいたことを話し始めたざんねんマンに、熱くなっていた青年もやや引いた。このおじさん、ちょっとヤバい人かもしれない

「そうですね。僕、いっぱい、反省します」

そうだよ青年。もう彼女さんは戻ってこないけどね。

「だからその一言、もういいから!」

ブリブリと怒りもあらわに、青年は立ち上がった。会計を済ませるや、ガラガラと引き戸を開け、別れのあいさつもなく駅前の雑踏に消えていった。

ああ、今日もやっちまったなあ。余計なひと言、多すぎた。

失敗に終わったように見えた人助け。しかし、ざんねんマンと出会う前と後で青年の心には確かな変化が生まれていた。
 
ただ落ち込み、己をひたすら憎む自分から、悔い嘆き、一方で確とした良心も自覚する自分へ。もう二度と同じような悪をなすまいと誓った青年の足取りは、頼もしかった。

一方のざんねんマン。「今日もやらかした」となじみの店員にぼやくと、「一人反省会だ」ともっともらしい口実をつけてはさらに2合を頼むのであった。

~完~
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