おじさん少年の記

いつまでも少年ではない。老いもしない。

【ざんねんマンと行く】 ~第25話・「神さま」も大変じゃて~

澄み切った初夏の青空は、その下を歩いているだけで心洗われるようだ。

 

人助けのヒーローこと、ざんねんマン。公園で昼下がりの散歩を楽しんでいると、1本の大木を前に体が急に重くなった気がした。

 

「うー、む・・」

 

なんだか、沈んだ声が聞こえた気がする。が、幹回りを見回しても誰もいない。はてさて、空耳かしらんーと通り過ぎようとしたところで、年季の入ったうめき声のようなものが再び漏れてきた。

 

「なんぼなんでん、仕事多すぎじゃ・・」

 

こんな晴れ渡った夏空に似つかわしくもない。どんなおじさんがぼやいているんだーと枝先の茂みという茂みをくまなく見まわしていると、声の主が反応した。

 

「あいや、聞かれてしもうたか」

 

聞こえるも何も、さっきから情けないぼやき声上げてばっかりじゃないですか。おじさん、一体どこにいるんですか。どこの誰だかわかりませんが、話し相手ぐらいにはなりますよ。

 

「いやー、恥ずかしいかぎり」

 

姿を見せぬ声が明かしたところによると、その正体は人間が「神さま」といわれる存在のようだった。最近、「もろもろ仕事が山積みになり」、ちょいと息抜きとばかりになじみの大木に依っていたという。枝の茂みの中でゴロリ横になり、愚痴やらぼやきを一人つぶやきまくっていたところを、人助けのヒーローに漏らさず聞かれてしまった。

 

か、神さまでも嘆きたくなることなんて、あるんですか?

 

「嘆くもなにも、最近はとみにオファーが増えての、もう24時間てんてこまいじゃ」

 

神さまのおっしゃるには、21世紀になってから人間の上げてくる願い事が数、質ともカバーしきれないほどになっているという。「願いの成就率が高い」とされる社(やしろ)の情報がSNSなどで拡散。パワースポットも次々と掘り起こされ、仕事量の増加に拍車を掛けているらしい。

 

「ここ数年は特にひどいんじゃ。やれ『会社の売り上げ20%アップをなんとか!』だの、『T大学合格+彼女ゲット』だの。『宝くじ1等が当たりますように』なんてのは年間に数万人分も上がってくるんじゃ」

 

スポーツの試合の前には、各チームから「うちに優勝旗を」と熱いコールが届く。いくらわしでも、みんなを優勝させるのは無理な話じゃ。

 

人間の欲望ともいうべき各種の陳情やお伺いに、さしもの救い主もアップアップになりかけているのだった。

 

そうだったのですか、それは本当に大変ですね。お察しいたします。まあでも、正直なところ、神さまのところにも多額の寄付金が集まっていることですし、お神酒もたっぷり奉納を受けて、さぞかし美味しい思いも・・

 

「まったく、イメージばかりが一人歩きしておることよ。それは人間界の話じゃて。肉体を持たぬわしにとっては、触われも呑めもできぬぶん、むしろ悶絶ものじゃぞ」

 

夕暮れ時、ビアガーデンでグビグビと喉ぼとけを揺らすサラリーマンたちを雲の上から見下ろしながら、しみじみ「うらやましい」とつぶやく至高の存在の心中を慮ることのできる人間はそういなかった。

 

神さまだって、つらいこともあるのか・・

 

人間は全知全能の存在をあがめ、たたえ、捧げ、暮らしの安寧や平安を祈ってきた。だが、ときに「慎ましさ」という範疇を踏み越え、自己愛の極みに至るようなケースもみられるようになっている。

 

みんなを優勝させること、できません。みんなに宝くじ1等当ててあげること、できません。みんなを超絶イケメン・イケ女と結びつけること、できません!

 

神さまの切実な叫びは、ざんねんマンの胸にズシリと響いた。

 

神さま、もう無理をしないでいいのではないですか。人間のささやかな祈りだけを受け取れば、充分なのでは。これ以上耳を傾けていたら、神さまだって倒れかねないですよ。黄泉の国も、「働き方」の見直しが必要ですよ。

 

・・・

 

しばしの沈黙の後、神さまが口を開いた。

 

「そう慰めてくれるだけで、わしは胸がすいた」

 

声色に、ほんの少し力がみなぎった。一つ、考えが浮かんだようだ。

 

「おお、もう日が傾いてきた。話相手になってくれて、ありがとのう。わしはボチボチ、やっていくことにするわい」

 

茂みの隙間から、澄み渡る光が差し込んだ。ざんねんマンの瞳を、やさしく潤した。

 

神さま、どうかマイペースで!

 

その後も人間界から噴き上げられる願い事の勢いは陰ることがなかった。ただ、受ける方のスタンスはガラリと変わった。

 

「えーなになに、『私をピアノ大会で優勝させてください』とな。この手の願い事は、こないだわしがこしらえた自動振り分けルールに従って、こっちのボックスに移動じゃ」

 

ボックスの引き出し口には、神さまの手書きで「検討対象外」とあった。

 

そもそも無理筋の願い事は、成就させるために骨を折ることもしないことにした。心情的につらいところもあるが、業務の円滑な遂行のためにはやむをえない。もちろん、見捨てるのもしのびないから、「対象外」ボックスの中でひたすら眠らせておくが。

 

一方、神さまが目を輝かせるような願い事もあった。

 

「友達の美代子ちゃんが早く退院できますように」「お医者さんを目指して頑張っている哲郎君の夢が叶いますように」

 

誓いの類も神さまの胸を打った。

 

「この1年、私はしっかり家族を養って参ります」「私はギャンブルを一切やめ、お世話になった皆さまを二度と裏切りません」

 

誰かのために捧げる願い、祈り、誓いに、神さまは全力でエールを贈った。

 

本人の耳には届かぬところで、励ましの声を掛けた。それが陰に陽に力となり、人間の心の底に眠っていた能力を存分に引き出すことがあった。

 

自己都合で空想や妄想をたくましくする人々とは異なりに、切なる祈りを捧げる人々には、以前にまして笑顔があふれているようにみえた。結果を伴う伴わないとにかかわらず、表現のしようのない元気が伴った。姿形は見えないながら、そばで応援する誰かによる一層の力添えも、ひと役買っているのかもしれなかった。

 

神さまの仕事の「選択と集中」に、しかと貢献したざんねんマン。「今日も忙しい1日を送られているのかなあ」と気づかいしつつ、「まあでも聞き役になってあげたんだから、宝くじ3等くらいは当ててくださっても罰は当たらないだろう」と見当違いな願い事をつぶやき、神さまをがっかりさせるのであった。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~