おじさん少年の記

疲れた時代に、癒やしの言葉を。からだはおじさん、こころは少年。

【ざんねんマンと行く】第39話・AIに越されそうな男

はぁ~

 

カウンターの隣から、やたらため息が漏れてくる。なんだようまったく、辛気臭いなあ。

 

駅前のこじんまりした居酒屋。人助けのヒーローことざんねんマンは、熱燗をチビチビやりながらしっぽり「お一人様」を楽しんでいたが、途中からやってきたサラリーマンに何だか雰囲気をぶち壊されてしまった。

 

横目でちらりと風体を確かめた。年の頃はアラフィフか。しわしわのシャツが男やもめを物語る。そんなにため息付いてたら、貧乏神だって逃げ出しちゃうよ。

 

ちょいと元気づけでも、するか。

 

ざんねんマン、枝豆の入った手元の小皿を隣のリーマンに差し出した。これ、ちょっとあまりそうなもんで。よかったら、どうぞ。

 

「あ、いいんですか、すいません」

 

リーマンのほっぺにちょこっと笑みが漏れた。どうぞどうぞ。一人で呑んででもつまらなくって。まあとりあえず、乾杯。

 

お猪口同士でカチャリと響かせる。ああ、このなんということもない仕草の一つで、気持ちってのはほだされるもんだなあ。二人とも、猪口の液体をゴクリと飲み干すと、あぁ~と大きく息をついた。

 

景気は良くならないし、物価は上がる一方だし、もうやってられないですよねえ。

 

ざんねんマンが、話しかけるともなくつぶやいた。リーマンも続いた「その通りですよ」

 

乾杯でひと心地ついたか、リーマンは問わず語りに自身のことを話しだした。都内のしがない中小企業で働いていること。管理職であること。上からは業績低迷を責められ、下からは環境改善の要求が激しくって、もう息が詰まってたまらないこと。

 

最近、会社は今はやりのAIとやらを導入し始めた。やれ業務管理アプリだの、顧客サービス用BOTだの。24時間365日仕事をしてくれるRPAっていう人工知能まで幅を利かせてきて、おいらの居場所は日に日に狭まるばっかりだ。

 

「もうね、私みたいな時代遅れの人間なんて、そのうちAIに追い越されちまうんじゃないかってね。ははは」

 

リーマンが乾いた笑いを漏らした。チラリ隣のざんねんマンを見やった。「そんなことはないよ」と否定してくれるよね。顔はそう物語っていた。

 

まあ、そういうところは、あるのかもしれませんねえ

 

空気を読めないざんねんマン、残酷な一言でリーマンを落胆の底に陥れてしまった。

 

リーマン「そう、ですよね。おいらなんか、お払い箱なんだ。AIのほうが、よっぽど優秀なんだ。そうだよな。もう今日は、徹底的に飲み倒してやるぞ・・」

 

早くも酒に逃げようとするリーマンに、人助けのヒーローが喝を入れた。おたく様ねえ、落ち込むの早すぎですよ。たしかにAIにもう追い越されてしまってるかもしれませんけど、お払い箱になるってのは極論ってなもんで。

 

「ど、どういうことだ」

 

リーマンは猪口をくちびるに付けたまま、手を止めた。

 

そりゃあねえ、お宅様はぱっと見、映えないですよ。仕事もできないかもしれない。部下にも慕われてないかもしれない。でもね、だからこその味わいってのがあるでしょうよ。

 

リーマンはイライラがわきあがるのをなんとか抑えながら、ざんねんマンの言うところを理解しようと頭の中で反芻した。

 

味わい、か。確かにおいらはボンクラ管理職だ。人をうまくまとめて動くのが苦手だし、上司におべっかを使うのも下手。飲み会では頑張ってダジャレで場を沸かそうとして、毎回見事にスベッている。でも、そんなへっぽこ社員のおいらでも、「愛嬌がある」ってひいきにしてくださる取引先もいるんだよなあ。部下たちも、なんだか分からないけど、おいらの部署に配属されたら、みんなリラックスしているよ。

 

そこですよ

 

ざんねんマンがつぶやいた。お宅様ね、お宅様は自分のことをグズでスベりまくりでミスしまくりのダメ人間だと思っているかもしれないですけど、それってAI、全部できないですから。

 

AIは、計算も予測も完璧だからこそ、ミスすることがない。繰り出す手はいつも最適解ばかりだ。だが、それだけに味気がないともいえる。オチまで緻密に計算し尽されたトークは、果たして本当に面白いといえるだろうか。たまにスベるからこそ、ネタに深みが増すんじゃないだろうか。

 

失敗して、恥かいて、穴があったら入りたくなるような姿をさらしてこそ、それを見た人の共感を呼ぶのではないか。

 

だとしたら、これまで失敗だらけの人生を送ってきたおいらこそ、AIもはるかに及ばない巨人といえるのかもしれない。

 

「そうか、俺は、AIよりすごい男なのか・・」

 

リーマンは止まっていた指を再び動かし、猪口の液体をゴクリと飲み干した。「兄さん、今日はありがとう。なんだかおいら、元気が出てきたよ」

 

リーマンはその後、職場で以前にはなかったはつらつさを醸し出すようになった。仕事では相変わらず凡ミスを繰り返したが、もう落ち込むことはなかった。だっておいら、人間だもの。完璧ははなから無理だよ。飲み会でも、相変わらず冴えないダジャレでスベった。が、羞恥で顔を赤らめることはなくなった。スベッてスベッて、見事にスベりきった。

 

おいらはこれでいい。失敗だらけの、人間さ。AIなんか、追いつこうたって、絶対にできないんだ。

 

全身から自信をあふれさせ、てらうことなく失敗談と冴えないダジャレを繰り出し続けるようになったリーマンのことを、周囲はいつしか「AIが絶対に追い越せない男」と畏敬の眼差しで見上げるようになった。

 

さまざまなアプリやらソフトやらが人間の仕事を奪っていく中、リーマンは独特の愛嬌でマニアなファンを社内外でがっちりつかみ、厳しい競争の嵐をくぐり抜けた。臆せず連発するダジャレも、「聴いてるとなんだか安心する」と本来の趣旨とは違った形ながら周りに受け入れられるようになった。

 

AIが人間を完全に追い越す日は、遂にやってこないのかもしれない。人間が失敗し、スベり、羞恥にまみれる限り、永遠にたどり着けない壁であり続けるといえる。嘆かわしくもかわいげのある、人間という生き物であることは、実に不思議でありがたいことなのかもしれない。

 

一人のリーマンの心を救ったざんねんマン。再び例の居酒屋でしっぽり「おひとり様」を楽しみながら、「あのおいさん、ダジャレの中身はさすがに見直したほうがいいと思う」と心の中で突っ込みを入れたのであった。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~