おじさん少年の記

疲れた時代に、癒やしの言葉を。からだはおじさん、こころは少年。

【ざんねんマンと行く】第27話・宇宙にあこがれる少年~

「息子に、せがまれまして」

 

便せんにしたためられた相談内容に、人助けのヒーローはちょっと渋い顔をした。おいらはなんでも屋じゃないんだがなあ。

 

手紙の主は、東京都内に暮らす会社員男性(50歳)。最近、日本人実業家が宇宙旅行を楽しんだというニュースが流れるや、10歳の息子が「僕も宇宙に行きたい」といって譲らないのだという。手紙は宛先の世界ヒーロー協会を通じ、ざんねんマンの暮らす都内のアパートに転送されてきた。

 

「私はしがないサラリーマンでございます。宇宙に行くお金なんてとてもとても。ここは何とか、ざんねんマン様にお願いをと思った次第」。なにやら都合のいいお願いのように聞こえるぞ。気乗りはしないけど、わざわざ手紙で助けを求めてきた誠意は買おうじゃないか。

 

空を飛ぶ術を体得しているざんねんマン、少年を大空高くまで連れて行くことぐらい何ともない。だが、民間サービスの邪魔をすることはヒーローの良心が許さない。ここは地味に、できる範囲で務めを果たすことにするか。

 

ピンポーン

 

神戸にある相談者の自宅を訪ねた。「わあっ!人助けのおじさんがきた!」少年の目が輝く。父親も「すいませんねえ、無理難題を押しつけたみたいで」と少し頭を下げる。ただ、それほど悪びれていない雰囲気に、ざんねんマンのハートはやや波立った 。

 

ぼうやの相談、受け止めました。とりあえず、これで何とか・・

 

右手に抱えていた細長い箱から、あるものを取り出した。幼いころに両親から買ってもらった、望遠鏡だ。「宇宙には行けないけど、宇宙に行った気持ちにはなれるかもしれないよ」

 

少年は興味津々のまなざしだ。一方、父親は「結構、小さいですね・・」とチクリ皮肉を差し込んでくる。「まあでも、見掛けによらず、超高性能!とかなんでしょ?!でしょ?!」

 

あ、いや、昔ながらの望遠鏡です。倍率もそんなに高くないですよ。

 

淡々と語りながら、庭でセッティングを進めるざんねんマンの後ろで、父親は不機嫌な表情を隠そうともしなかった。

 

「さてと、設置作業は終わったよ。坊や、これであの、お月様をのぞいてみよう」

 

少年がレンズをのぞき込む。「あ!地面が見えた!デコボコしてる!」

 

クレーターだ。素朴な感動が、短い言葉からも伝わってくる。ざんねんマン、ジーンと余韻をかみしめていると、少年がつぶやいた。「あ~あ、画面から外れちゃった」

 

持ってきたのは、子ども向けの簡単な装置だった。高額の望遠鏡と違い、地球の自転速度を計算して星々の動きを自動追尾する機能はついていない。

 

「もーまったく、ガッカリだなあ。月さえ満足に見られないなんて。本当にヒーローなんかいな」

 

父親が聞こえよがしにイライラをぶつけてくる。ざんねんマン、ふつふつと沸く怒りをぐっとこらえ、再び少年にささやく。「もう一回、お月様をつかまえよう」

 

筒をわずかに動かし、満月を小さいレンズの中に包んだ。その瞬間、少年に交代する。今度は、少年の観察眼もより鋭くなっている。「お月様、どんどん動いてる!」

 

筒を向けていると、月はものの数秒でレンズから外れていく。

 

それは、地球が恐るべき速さで自転していることを如実に示していた。

 

「なんだか、お月様の上を飛んでるみたい」

 

ざんねんマンものぞきこんだ。本当に、少年の言ったとおりだ。なんてすばらしい発想なんだ。

 

地球がダイナミックに動いているという生きた現実は、何も宇宙空間に行かずとも、最新機器を買わずとも、しっかり味わうことはできる。利便性の劣る昔ながらの道具だからこそ、得られる発見や感動もあるのだ。

 

「そうだね、まさに私たちは、『宇宙船地球号』に乗っているんだよ」

 

父親が、突然割り込んできた。ざんねんマン、決めぜりふを先に吐かれ「おいしいところを持っていきやがったな」と地団駄を踏むが、とき既におそし。父親に尊敬の目を向ける少年に、「お父さんの言うとおりだね」と優しく語りかけるのが精いっぱいだった。

 

少年は、躍動する宇宙の迫力を肌で感じとった。その後は旺盛な好奇心に突き動かされ、宇宙の仕組みを解き明かす道を自ら切り開いていくことになるだろう。

 

手元の少しガタのきた格安望遠鏡で、少年が宇宙の神秘に触れるサポートをなんとかこなしたざんねんマン。夢も共感力もない中年の父親にはガッカリする一方で、純朴な少年には「頑張るんだよ~!」と大きく手を振って別れを告げた。

 

家路につくべく、月明かりの優しい夜空へふわり舞い上がった。少年とお月さまの間をかすめ、ピースをつくった。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~