おじさん少年の記

疲れた時代に、癒やしの言葉を。からだはおじさん、こころは少年。

【ざんねんマンと行く】 ~第18話・数学者、己の才に限界を感じる~

上には上がいるもんだ。

 

誰もが憧れるT大学に合格した一郎。得意の数学を武器に、中学、高校と学年トップを独走してきた。が、さすがに国中の俊秀が集まるT大学では自力の差がにじみ出てくる。院までは進んだものの、天賦の才が光る仲間たちに囲まれていると、己の能力の限界をいやでも思い知らされる。日々、嘆息が、漏れる。

 

「あぁ、ダメな人間だ、俺は。これから、何の道に進んだらいいんだ!神よ、仏よ、俺にヒントを!」

 

心の叫びは、確かに届いた。人助けのヒーローこと、ざんねんマン。新橋駅前の立ち食いそばをすすり上げると、夕暮れ空へふわり舞い上がる。日比谷公園上空をツーと越え、あっという間に一郎の暮らす本郷界隈のアパートに着いた。

 

「あなたは、もしや、数学の神様・・?」

 

真剣な表情の一郎に、ざんねんマン、たじろいだ。「ごめんなさい、数学の神様ではありません」

 

なんなら、二次方程式とか、関数とか、ベクトルとか、全部、分かりません。その関係の質問は、すいませんが、お受けしかねます。

 

「だったら何で出張ってきたんだよ!」

 

一郎が怒りともあきれともつかぬ声で叫んだ。「あんた、何かいいアドバイス、くれるんだろう?どうするよ、どうする!俺、数学の道、諦めるしかないんだぞう?」

 

諦めるって、そんな、おおげさな。たかだか、あなたより出来のいい学生さんたちがいたってだけじゃないですか。

 

「なな、なにを~!お、俺のこの気持ちが、あんたなんかに分かるか~!」

 

分かるわけないでしょうが!私は分数の段階で数学の勉強は終わったんですよ!今使っているていったらね、麻雀の点数計算のときぐらいですよ!

 

「あ、数学を、バカにしたなー!バカにしたら、いけないんだぞー!」

 

バカになんかしてませんよ!遊びで使って何が悪いんですか、遊び上等!遊んでなんぼじゃあぃ!

 

求道者のように公式の美を追いかけてきた一郎にとって、「遊び」という言葉は聞き捨てならぬものだった。そう、聞いたこともなく、今まで考えたこともない発想だった。

 

「遊び、遊び、か・・」

 

子どものころ、数字の世界に親しんだのはどんなきっかけだったか。かくれんぼで「いーち、にーい」と節を付けながら楽しく覚えていったのではなかったか。楽しさが数字に親しむ原点であったはずだ。遊びの世界に、俺の数学の知識を役立てることはできないか。

 

「俺、ちと思いついた。ありがと」

 

一郎は短く語ると、おもむろにざんねんマンを玄関へと送り出した。

 

2週間たち、本郷界隈は一つの話題でバズっていた。駅前のクレープ屋が、値札に数式を張り始めたのである。

 

「バナナクレープ √2/3×3×√8/3 ×100 円」

 

仕掛け人は、そこでバイトをしている一郎だった。目立つように付けられた挑発的な値札は、数字の世界に熱い中高生たちを燃えあがらせた。これ見よがしに、100円玉4枚をサラリと出す中学生がいるかと思えば、虚数iを含んだ難題をクリアした高校生が、「釣り銭はもってけぇ!」と格好つけて店員に千円札を手渡す。

 

早く出せ、早く、次の問題を出せぃ、クレープ屋のICHIRO!!

 

いつしかクレープ屋は「日本で一番頭を使う出店」として世の注目を集め始めた。店の売り上げも急上昇。何より、子供たちが遊び心を露わにしながら問題を解く姿が、一郎にとっては大きな喜びだった。

 

俺、楽しみながら数学を勉強できる仕事をしてみよう。

 

その後、一郎はちょいとだけ悪だくみをした。値札の一つにこっそり付けたのは、世界超難題とされる「リーマン予想」。解けた人物が現れたら、預かった解答をそのまま学会に持ち込もうともくろんだが、天使は現れなかった。

 

からっきしダメな数学の世界でも、なんとか助っ人仕事をこなしたざんねんマン。「格好悪かったけど、結果よければすべてよし!」といばるのであった。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~