おじさん少年の記

疲れた時代に、癒やしの言葉を。からだはおじさん、こころは少年。

【ざんねんマンと行く】 ~第5話・雨降って~

いつの世も、けんかってのは絶えません。
普段仲のいい友達だって、気が合わなくなるときもありましょう。
そんなときは、ふうと息をついて、足元を見直すことが大切かもしれません。

「もう、ないわ」

空になったプリンのカップを見ると、栄子のひたいに青筋が立った。

1日の終わりに、自分へのご褒美として買い置きしていた一品だ。冷蔵庫に入れていたら、同居する光子にまたもや食べられてしまった。

「えへ、ごめんごめん。だって、おいしそうだったんだもん」

理由にもならない理屈をつぶやく光子。栄子が「これは私の」と断っていても、ついつい手が伸びるのだ。これでもう、十数回目。

高校時代から気の合った2人は、大学に進んでからアパートの1室をシェアするようになった。まめで気が利く栄子と、ざっくばらんで陽気な光子。太陽と月、陰と陽とでもいうべきか、お互いにないものを持つ相手に尊敬の気持ちを抱いていた。

だが、シェアルームも3カ月過ぎると性格の違いが2人の関係にひずみを生み出そうとしていたのだ。

「もう光子のずぼらさに耐えられない。シェアルーム解消だわ」
「こっちこそ、栄子のちまちました性格が大嫌い。友達関係だって解消よ」
「それはこっちのせりふだよ」

一瞬の間に入り込んだすきま風が、互いの気持ちを遠ざけようとしている。

なんでこんなことに。こんなこと言うつもりなかったのに。

こわばった顔の奥で、後に引き下がれなくなったことへの後悔が心の中をかき乱す。「誰か助けて」

2人の発した心からの叫びが、一人の男に届いた。人助けのヒーロー・ざんねんマン。

行きつけのラーメン屋で好物のラーメンを力強くすすり上げると、手作りマントをひょういとまとう。「うまかったよ」と大将に言い残し、師走の夕暮れ空へ飛び立った。

3分で都内のアパートに到着する。ベランダにタンと降りたところで、室内にいる2人と目が合った。「誰、この人」

心の叫びを発した直後に現れた男。何か不思議な力を持っているのかもしれない。ベランダの開き戸を空け、おもむろに畳部屋に入ってきた男に、2人は好奇の視線を寄せた。

「あの・・それで、お二人が友達になったきっかけは」

そこからかい。あまりにもひねりのない質問に、2人ともずっこけた。

それでも、不意を突く問いはなぜか脳内を刺激した。渋い表情ながらも、記憶をたどる。


栄子「高1のときさあ、この子席が隣で。よく宿題忘れたり、雑な性格なんだけど、一緒にいると気が紛れるっていうか」


光子「この人はねえ、几帳面で気配りができるんよ。私と違って。宿題もよく教えてもらったんだ」

自分にないものを、相手が持っている。この人と一緒にいると、自分が満たされ、人間として成長できる気がする。そう感じたからこそ、今に至るまで友達であり続け、ルームをシェアするほど心を許せる仲になったのだ。

いつも笑い合った、楽しい高校時代が2人の脳裏を何周も、何周も駆け巡った。

やっぱり、この子がいないと私はだめなんだ。私の成長のためにも、この人が必要だ。

互いの大切さにあらためて思い至った2人には、もはや怒りや不信といった情は消え去っていた。もう1回、やり直そう。

「それで、今回はどんなきっかけでけんかに・・」

融解しかけていた場の雰囲気を、空気の読めない残念な男が再び乱しかけた。

「もう、いいから」

栄子と光子が、同時に男の肩に手を掛ける。もう帰っていいよとばかりに目配せを送られ、ベランダに後ずさりと、トンと地を蹴り再び夕暮れ空へと旅立った。

「プリン、今から買ってくる」

光子がおずおずと切り出す。無言でうなずく栄子。もともと心の隅々まで分かり合っている関係。謝るのも気恥ずかしい。気持ちはお互い、分かっている。雨降って、地固まる、だ。

すきま風は見事に止まった。再び、南国のような温かい風が2人の間でそよぎだした。変なおじさん、ありがとう。最後のひと言は余計だったけど、おかげで私たち、原点に帰ることができたよ。

今日も結構いい仕事をしたざんねんマン。ただ、繊細な乙女の気持ちを理解できるほど大人ではなかった。小雪の舞う寒空をスィーと飛びながら、「あれでよかったのかしらん」と首をかしげるのであった。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~

 

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