おじさん少年の記

疲れた時代に、癒やしの言葉を。からだはおじさん、こころは少年。

【ざんねんマンと行く】 ~第2話・一生懸命~

私はときどき思うんです。
いつの世も、目立つ人が結局得をするような気がするなあって。

へっぴり腰で、
押しの弱い人間にとっては、
競争社会を生き抜くのはきついもんだ。

そんな時代だからこそ、
声なき声に応えてくれるような、
そっと寄り添ってくれる、癒しの存在に出逢いたい。

ざんねんマン。

あらためましての、登場だ。

あれは木枯らしが吹きすさぶ、
真冬の夕方だった。

夕飯の支度で忙しい郊外の住宅街。カレーの匂いが漂うのどかな空気を、猛スピードで走る消防車のサイレン音が引き裂いた。

火事だ。

台所で扱う油が飛び火したらしい。2階建ての少し古びた民家の1階から、黒みを帯びた煙がモクモクと立ち上っている。

道路が狭い。民家の手前で消防車が立ち往生している。

心配そうに行方を見つめる住民たち。一刻を争う緊迫した空気は、雲の切れ間から突如現れた大きな人影の登場で変わった。

「おお!あれは!!」

手作りスーツに身を包んだざんねんマン。見上げる住民の瞳には、お世辞にも安心100%とはいかないものの、それなりの期待があふれている。

ヒーロー養成学校時代、飛行術を学んでいた。ようやく生かすチャンスが回ってきた。上空300メートルから、民家を目掛けて空気を切る。バリバリッッ!!

「おおー!!お?」

また、やらかしてしまった。1軒隣に突っ込んでしまった。

住民みんなが顔を両手で覆い、悲壮感に暮れる間に、煙の出る民家のドアを蹴破って中の家族が姿を現した。

1階にいた両親と、2階の子供2人、ペットのワンちゃん1匹。ほおがすすで汚れてはいるが、命に別状はないようだ。室内の消火器を使い、ぼやで抑え込んだ。

歓喜に沸く住民たちのそばを、ざんねんマンは気づかれないように肩を丸めて通り過ぎた。

今回もやらかした。僕は人を救えなかった。なんといっても、隣の民家のおばちゃんから、こっぴどく怒られた。なにより、破った窓ガラスの修繕代2万円は高くついた。

肩を落とすざんねんマン。気落ちした心と同調するかのように、冬の夕日は今まさに地平線の下へと沈み込もうとしていた。

「変なおじさんだったね」

いまや点ほどに小さく遠ざかったざんねんマンの背中を眺めながら、1人の少女が隣の母親につぶやいた。

人助けにきたのに、人に迷惑かけるなんて。まあでも、頑張ったといえば、頑張った。いつか、本当に人助けしてくれるかもしれない。どこか、憎めないおじさんだったなあ。


少女は中学生。人間関係に疲れて最近、学校を休みがちになっていた。自宅の外に出ることも、あまりなかった。人間らしい、表情というものが乏しくなりかけていた。それが、今回の残念なおじさんの登場で、少女に「笑顔」という宝を取り戻させた。

広い世間、心から優しくて暖かい人がいるもんだ。世の中、捨てたもんじゃない。誰もが誰かの助けになれる。

隣の母は、久しぶりに娘のきらめく瞳を認め、潤んだ。

日本の片田舎で繰り広げられた、真冬の救出劇、もどき。今日も確かに希望の光をもたらし、人のこころを救っていたことを、ざんねんマンが知るよしもなかった。

~お読みくださり、ありがとうございました~

 

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