おじさん少年の記

疲れた時代に、癒やしの言葉を。からだはおじさん、こころは少年。

【ざんねんマンと行く】 ~第44話・日常に埋もれゆく性(さが)からの脱皮(上)~

ブルルルル

枕元でスマホのバイブ音が響いた。日曜の朝なんだけど、今日も今日とて早いこってすなあ。

人助けのヒーロー・ざんねんマン。活動が知られるにつれ、来客・電話・各種勧誘のアプローチも増えてきた。布団でぬくぬくと過ごす時間が短くなるのはちょっぴり惜しいけれど、しがない中年男にお声がけくださるのは実にありがたく、光栄なことだ。

はい、もしもし。何かお困りごとの相談でしょうか。

・・返事がない。

緊張しているんだろうか。それともいたずら電話か。しばらく待ったが、変わりはなかった。

あのすいませんが、もしご用がないようでしたらここで失礼しますよ。なにしろまだ布団があったかいもんで・・

二度寝の態勢に入りかけたところで、ようやく電話の主が口を開いた。「待ってください。あ、でも、もういっかな」

なんですかまったく。電話かけといて「もういっか」とは。ざんねんマン、小者ながらヒーローとしての自尊心に火が付いた。おたくさまねえ、何のご相談か分かりませんが、あっしを見損なってもらっちゃあ、困りますよ。

啖呵を切られて相手もふんぎりがついたようだ。「いやあですね、最近なんだか、暮らしに張り合いなくって」

電話の主はアラフィフの男性。会社員。妻子に恵まれ、派手さはないものの手堅い人生を送っている。ただ、定年がうっすら意識にのぼり始めたころから、心のどこかにつかみどころのない徒労感が芽生えだしたのだという。

出世の可能性も、おおかた先が見えてきた。体力もガタがきて、大好きな酒も最近は控えめにしている。多趣味なほうだったが、最近は面倒くささが勝り、チャレンジすること自体を控えている。

「なんだか、単調な毎日なんす。まあでも、どうしようもないっすよねえ」

話し方も実に淡泊だ。自分で結論を出しかけている。さきほどの「もう、いっか」にも垣間見える、半ば投げやりな姿勢は、ざんねんマンの心に少しばかり引っかかるものがあった。

おたくさまねえ、相談内容は分かりましたけどね、日曜の早朝に起こされた私のほうの気持ちはどうなるですか?布団のぬくぬく、最高なんですよ?それがもう、抜けていっちゃってるんですよ。ああ、もったいない。

「うわっ、ちっさ。そんなどうでもいいことで目くじら立ててるんかい・・」

電話の男がサバサバと言ってのけた。これがざんねんマンの怒りに油を注いだ。ちっちゃいことに幸せ感じてて、何が悪いんですか!おいらにとってはねえ、「週末の布団ぬくぬく」はスポーツチャンネルの野球観戦と同じぐらいの楽しみなんですよ!ちっちゃくて上等、しょぼくて上等だぁい!

ひとしきりまくし立てると、再び電話越しに沈黙が訪れた。

完全に、引かれてしまったか。今回こそは人助けに失敗したーとばかりにざんねんマンが頭を垂れていると、先ほどとは違ったトーンのつぶやきが漏れ聞こえてきた。

「こんなしょぼいことで、ムキになれるあんた、すごい」

褒めているのかけなしているのかは分からないが、男が真心から話していることは分かった。

「ありがとう、おっさん。おれ、しょぼいことから見直していくわ

ガチャ

切り方も実にあっさりとしていた。もうちょっと柔らかい物腰でものを言えんものかなあ。

・・・

それから1週間後。週末恒例の「布団ぬくぬく」を、再びスマホ元気なバイブ音が打ち破った。

~(下)に続く~