酒の濃さに負けないくらいに濃いのが、スナックのママさんである。
ママさんの濃さは、常連客の濃さにも釣り合う。
20代のころよくお世話になっていたスナックXには、ママさんの強烈な寄り切りもなんのそのと押し返さんばかりにアクの強い常連客Y氏がいた。年の頃はそう、当時還暦前だったか。私はその方となぜが意気投合し、勝手に「兄貴」と呼ばせていただいていた。
兄貴はとにかくまあ、ビールが好きで、グラスをあおるあおる。そして、ママさんにちょっかいを出す。そしてママさんを怒らせる。
ママさん「あんたなんかなあ、出入り禁止や!」
兄貴も負けていない。「おお、やってみるならやってみれ!」
バターン
ドアを閉めてどこか行ってしまう。こんなことがちょこちょこあった。
ある年末の夜。しんしんと雪が降り積もる中、兄貴はいつものようにドアをバターンと閉めてお出かけしてしまった。ああ、どこか別のスナックにでもなだれこんでいるんだろうか。まあ、こっちのお会計はまだしてないから、最終的に戻ってくるのは分かってるんだけどね。ママさんも、分かっている。
ただ、季節が季節だけにちょっと気になった。いつものごとく、酔っぱらっていた。「ママさん、僕ちょっと気になりますんで、外見てきます」
お店の外には水路がある。昔、酔客がそこに転落して命を落としたという話も聞いていた。兄貴、まかり間違っておっこったりしてないやろうな。大丈夫なようだった。
100メートルも離れないところに、お寺が連なる区画があった。その通りの入り口のところで、あぐらをかいてめをつぶる人影があった。
兄貴やった。
びっくりした。
なに、やっとんですか兄貴!
「いやのう、ちょいと静まろうと思って」
身体の芯までブルブルくる師走の夜中に、このおじさんは一人地べたに腰を降ろし座禅をしていたのである。ママさんを怒らせて反省したかったのか、はたまた雪化粧をほんのりしてみたくなっただけなのか。ピュアなのかアホなのかまったくこのひとは。それはともなく、しばらく座っていたせいだろう、頭の上には雪が結構積もってしまっていた。
「兄貴、寒くって風邪ひきますよ。またママさんとこ、戻りましょう」
私は促して再びお店に連れ戻した。ママさんは、あきれたような顔をしている。私がさきほど目にした光景をママさんに伝えると、「ああもう、バカもバカバカの、何回言ってもきりがないくらいだね」とキツーい一撃を兄貴に喰らわせた。兄貴は、口ではあれこれ言っていたけれど、ママさんに相手してもらえて、まんざらでもなさそうだった。
兄貴がいるときはいつもこんなやりとりが繰り広げられ、最後は仲直りする。ママさんはいっつも怒っているようで、実は楽しんでいるようでもあった。
実写版「トムとジェリー」を見ているようだった。
スナックは、カウンターを挟んでこちらも向こうも真剣勝負だ。どっちが一番楽しむか。愉しませるか。競い合う中で、どちらもアジが濃くなり、いつしかお互いに支え合う関係になるのかもしれない。
今晩も、日本中のあちこちで、ママさんと常連さんのバトルもどきが愉しく繰り広げられているであろう。
~お相手くださり、ありがとうございました~