おじさん少年の記

疲れた時代に、癒やしの言葉を。からだはおじさん、こころは少年。

【ざんねんマンと行く】 ~第54話・なんでも悲観的に考えてしまう青年(下)~

自らのダメ具合をひけらかし、自嘲気味の青年に、ざんねんマンは一瞬たじろいだ。が、返しもなかなかすごかった。

 

まあその、すごいもんですなあ。そこまでダメなところを見抜けるとは。もうこうなったら、徹底的にダメダメ具合を突き詰めて探してみたらいいじゃないですか。私もね、とことんダメな人間っていうのを、見てみたい気もするんですよ。

 

慰めるどころか、傷口に塩を塗るようなコメントをさらしてきた小粒ヒーローに、傷心の青年は吠えた。

 

「何てひどいこと言うんですか!僕はねえ、ハートブレークしている可哀そうな青年なんです。いたいけな青年なんです。ちょっとはねえ、いいところだってサジェストしてくれたっていいじゃないですか!」

 

そりゃあたしかに、大学では「可」ばっかりさ。でもね、見方を変えりゃあ、ちゃんと単位は取れたわけだ。塾で人気をイケメン講師にさらわれてるって?それはそうだけど、あまりに人気の差がありすぎるおかげで、淡々と講師業務に専念できてますよ。彼女いない?言い換えればねえ、僕は「いつだって合コンに参加できる」ってことですよ。こんな幸せなこと、ありますか。

 

ものごとには表と裏の二面がある。一つの現象を明るい面からとらえることもできれば、暗い面からのぞくこともできる。西洋では「コインの両面」といい、東洋では「陰陽」という。これは例え話ではなく、事実そのものだ。

 

哲也は、自分で吠えながら、自分で気づいた。

 

どんな出来事でも、環境でも、明るい面と暗い面の両方を探してみる。すると、思いもしない可能性を見出すことができるかもしれない。逆に、慢心を戒める課題に気づかされることもあるだろう。

 

よっしゃ、いっちょやったるか。

 

哲也は人生観を改めてみることにした。悲観一辺倒の真っ暗人生観から、楽観も含めたハイブリッド人生観へ。これからの人生、2倍楽しむんだ!

 

なに、服装がダサいって?それはつまり、「磨きがいがある」ってことさ。大学の成績が悪いと?ふふ、それはつまり「頭の悪い人たちの気持ちが分かる」ってことですな。毛深いってよく言われるけど、そういう男こそ「毛の薄くてイケてる人たちを引き立てる」のに貢献してるといえるんだ。

 

哲也は今や、希望をつかんだ。僕は、ダメなばっかりの奴じゃない。可能性に満ち満ちた、めちゃくちゃ伸びしろのあるホープなんだ!

 

すっかり明るい表情となった哲也を前に、ざんねんマンはお役御免となったことを悟った。青年よ、大志を抱くんだ。達者でな。ベランダの床を勢いよく蹴ると、真夏の夕暮れ空へと溶けていった。

 

自信をつかんだ哲也は、気づかないうちに取り巻く環境を少しずつ変えていった。大学のレポートは相変わらず「可」のオンパレードだったが、「単位が取れればそれでよし」と割り切れるようになった。たまにあるプレゼンでは、内容に疑問符が付く質ながらも堂々と発表するようになり、空気に押されて教授が合格点を出すようなケースも出てきた。

 

バイト先の学習塾では、哲也と同じく成績に悩む生徒たちの聞き役になることが増えてきた。落ち込むことはないんだよ。君には伸びしろがあるんだ。物事には二つの面があるんだ。成績の悪い人間が語る言葉だからこそ、妙に説得力があった。

 

今や「出来の悪い人間の駆け込み寺」として若者たちから頼られる存在となった哲也だが、やらかすこともあった。

 

英語の成績が伸び悩んでいた生徒の太郎君が、諦めず単語ノートを毎日復習していたら、2学期のテストで80点を取った。「先生、僕やったよ!高得点とるの、初めてだ!ありがとう先生!」

 

ハイブリッド人生観を身につけたばかりの哲也は、処し方でまごついた。純粋に褒めることができず、「『まぐれ当たり』の可能性があるね」と冷めたコメントをしてしまった。生徒の太郎君は、冷や水を浴びせられた気持ちになり、それ以降哲也に悩み相談をしてくることはなくなった。

 

人生で初めて彼氏ができたーと近況報告に訪れた女子生徒の美代ちゃんに、哲也は真顔で「騙されてる可能性があるから、浮足立たないように」と諭してしまった。美代ちゃんは涙目になり、それから哲也が目にすることはなくなった。

 

世の中の見方はハイブリッドで。でも、人に接するときは臨機応変が大切だ。人生とは奥深く、大変で、面白いものだなあ。哲也はますます生きることが楽しくなってきた。

 

悲観ばかりする男の逆転劇に貢献したざんねんマン。哲也のますますの活躍を祈りつつ、「まあおつむと顔の出来は変えられるものじゃないから、大それた夢は抱かんことですな」と老婆心ながら余計な一言をつぶやくのであった。

 

 

~お読みくださり、ありがとうございました~