おじさん少年の記

疲れた時代に、癒やしの言葉を。からだはおじさん、こころは少年。

【ざんねんマンと行く】 ~第36話・こころを伝えることに技巧はいらない(中)~

【(上)のあらすじ】

1000年以上昔。花咲きほこる都・奈良の大通りに、一人力なくたたずむ青年がいた。遠く九州まで防人として向かう途中。ネットも電話もない時代。生きてふるさとの関東に帰れる見込みもなく、ただひたすら「お父さん、お母さんに愛の言葉を伝えたい」と願うのだった。切なる思いは時空を超え、人助けのヒーローことざんねんマンに届いた。ざんねんマン、何やらひらめいたか、青年を促しあるところへ向かった。

 

~ここから(中)に入ります~

 

奈良の都を代表する通りに、朱雀大路がある。二人はそこに向かった。そこでは、貴人を乗せた牛車も行き交っていた。

 

「あ、あの車だよ。あそこに、かの有名な兵部大輔(ひょうぶたゆう)様が乗っていらっしゃるだよ」

 

商人たちの立ち話が聴こえてきた。どうやら、二人に向かってくる牛車の1台に、有名人物が乗っているらしい。さらに聞き耳を立てていると、「家持様」との単語が出てきた。間違いない、あの人だ。

 

古代日本が生んだ希代の天才歌人大伴家持(おおともの・やかもち)。あゆれんばかりの教養に加え、人のこころを深くつかみ、共感し、表現する詩作の力は抜きんでており、最古の歌集の一つ「万葉集」を編纂したことで歴史に名を刻む。

 

あのお方に、お願いするんだ。

 

ざんねんマン、馬鹿の一つ覚えとばかりに、同じセリフを繰り返した。あの天才歌人に、この青年の思いを形にしてもらうんだ。あのお方なら、素晴らしい詩にまとめあげてくださるはず。幸あらば、その詩が人づてに広まり、坂東で暮らすご両親まで届くかもしれない。

 

牛車が近づいてきた。地面にかしづく商人たちとは対照的に、青年の手を取り通りの真ん中に駆け出した。ざんねんマン、勇気を振り絞って、叫んだ。

 

畏れ多くも兵部大輔さま!私は坂東で暮らす一庶民でございます。隣におりますこの者は、防人として九州に向かう途中の若者でございます。遠くふるさとで暮らす両親を案じております。切なる思いを、何卒大輔さまのお力で、詩として形にしていただくことはできませぬでしょうか!

 

地に伏して請うた。隣の青年も、地面にのめり込まんばかりに額を擦り付けた。

 

簾(すだれ)が、はらりと巻き上げられた。中から、高貴な装束に身を包んだ男性が現れた。

 

悠然としたたたずまいに、言葉にならない教養と品がにじむ。ざんねんマンと青年、口をあんぐりと開けたまま、しばらく声が出なかった。

 

貴人の手招きに従い、牛車に近寄った。ざんねんマンは、かくかくしかじかと青年の境遇を説明した。緊張のあまりブルブルと震える青年に、貴人は問いかけた。

 

「そなたは、父と母を、慕っておるのじゃの」

 

無言で、青年は大きくうなずいた。首を何度も振る中、最後の別れの場面を思い出した。お父さんとお母さんは、ひたすら僕を抱きしめてくれたです。優しい言葉を、かけてくれたですよ。おいらにとって、二人は命そのものだですよ。

 

青年の、言葉足らずだが、真心のこもった言葉の一つ一つに、貴人は深くうなずいた。天才歌人の心の中で、すでに詩作の胎動が始まっていた。

 

貴人との邂逅は、ものの10分ほどで終わった。護衛の者たちに「頭が高~い!」とたしなめられ、通りの端に追いやられた。貴人を乗せた牛車は、まばゆくそびえる平城宮へと消えていった。

 

やることは、やった。あとは、あのお方がどんな作品にしてくださるかだ。いつ、どこで、どんな手段で形にされるのかは分からない。けれど、それを心の頼みに、九州への旅を続けてほしい。

 

ざんねんマンの言葉に、青年は大きくうなずいた。「おじさん、ありがとう。僕も、少し人生に希望ができた。これからどうなるか分からないけれど、僕は生きれるだけ生きてみる。決して途中であきらめたりはしないよ」

 

眼(まなこ)の奥に、力がみなぎっていた。ざんねんマンも、その姿を見てうなずいた。大丈夫だ。君の願いは、必ず形になるはずだ。

 

二人はがっちりと手を握り合った。「じゃあ、私はこれで」とざんねんマンは手を振った。青年も「おじさん、ありがとう」と笑顔で返した。

 

1300年の長旅を終え、現代に帰ってきた。あの青年、無事に九州までたどり着いたかな。貴人の方は、詩にしてくださっただろうか。さまざま湧いてくる興味にせきたてるように、近所の図書館に足を運んだ。

 

~(下)に続く~