おじさん少年の記

疲れた時代に、癒やしの言葉を。からだはおじさん、こころは少年。

【ママさん探訪】5・深夜の一品

人には誰しもこだわりがある。それは飲み屋の大将もそうであり、スナックのママさんも同様である。

 

そこにその人自身の味わいがあり、店の魅力になっていることが少なくない。

 

ある晩のことだ。私はいつものように飲み屋をはしごし、呑ん兵衛友達と一緒にあるスナックに転がり込んだ。もう時間は、とっくに日付変更線を越えていた。

 

もう、飲めれん。

 

正直、勢いだけで入り込んだ。もはや何をしようという気持ちもない。ただなんとなく飲み屋の雰囲気をいましばらく味わいたかった。それだけだった。

 

「まあまあ、どうぞ」

 

すっかりヘベレケの私たちの様子に配慮するでもなく、ママさんは一品盛った皿をカウンターのテーブルに置いた。

 

出し巻きたまごだ。

 

当然ながら手料理。できたて、ホヤホヤだ。ここのママさんは、誰がきても何時にきても、まずは手料理でもてなすのが信条のお方のようだった。

 

「もう、食べれな・・」思わず弱音がポロリ出てしまった。するとママさんは、無言で、鬼の形相をにじませた。

 

あかん、あかんやつや、ママさんを噴火させる一歩手前のところまで追いつめてしまった。いや、追い詰められた。

 

覚悟を決め、もう入らん腹に詰め込むべく、出し巻きたまごの一切れを口の中に放り込んだ。

 

フゴ、フンフン・・・

 

私は思わず目を丸くした。絶品だったのだ。

 

「うまいっす、ママさん!!」

 

ママさんは喜ぶでもなく、「当然よ」とばかりに小さくうなずくとグラスを洗った。

 

深夜の出し巻きたまこで活力をやや取り戻し、その後小半時ばかり、夜を楽しみ尽した。ママさん、ありがとうございました。

 

スナックのママさんの中には、このように料理が上手い方が少なくない。これもスナックの魅力の一つである。ただし、時間に関わらず提供される可能性があるので、なるべくなら腹になんぼか余裕を持たせて訪ねるといいのだろう。

 

地方にいくほど、スナックは奥が深くなる。食を含めて、楽しみ満載だ。


~お相手くださり、ありがとうございました~