人には誰しもこだわりがある。それは飲み屋の大将もそうであり、スナックのママさんも同様である。
そこにその人自身の味わいがあり、店の魅力になっていることが少なくない。
ある晩のことだ。私はいつものように飲み屋をはしごし、呑ん兵衛友達と一緒にあるスナックに転がり込んだ。もう時間は、とっくに日付変更線を越えていた。
もう、飲めれん。
正直、勢いだけで入り込んだ。もはや何をしようという気持ちもない。ただなんとなく飲み屋の雰囲気をいましばらく味わいたかった。それだけだった。
「まあまあ、どうぞ」
すっかりヘベレケの私たちの様子に配慮するでもなく、ママさんは一品盛った皿をカウンターのテーブルに置いた。
出し巻きたまごだ。
当然ながら手料理。できたて、ホヤホヤだ。ここのママさんは、誰がきても何時にきても、まずは手料理でもてなすのが信条のお方のようだった。
「もう、食べれな・・」思わず弱音がポロリ出てしまった。するとママさんは、無言で、鬼の形相をにじませた。
あかん、あかんやつや、ママさんを噴火させる一歩手前のところまで追いつめてしまった。いや、追い詰められた。
覚悟を決め、もう入らん腹に詰め込むべく、出し巻きたまごの一切れを口の中に放り込んだ。
フゴ、フンフン・・・
私は思わず目を丸くした。絶品だったのだ。
「うまいっす、ママさん!!」
ママさんは喜ぶでもなく、「当然よ」とばかりに小さくうなずくとグラスを洗った。
深夜の出し巻きたまこで活力をやや取り戻し、その後小半時ばかり、夜を楽しみ尽した。ママさん、ありがとうございました。
スナックのママさんの中には、このように料理が上手い方が少なくない。これもスナックの魅力の一つである。ただし、時間に関わらず提供される可能性があるので、なるべくなら腹になんぼか余裕を持たせて訪ねるといいのだろう。
地方にいくほど、スナックは奥が深くなる。食を含めて、楽しみ満載だ。
~お相手くださり、ありがとうございました~