おじさん少年の記

疲れた時代に、癒やしの言葉を。からだはおじさん、こころは少年。

【ざんねんマンと行く】 第34話・OYAJI新時代

「日本では、昔から畏れられているものが四つあるといわれています」

 

都内の公民館で開かれた、異文化交流会。肌の色もさまざまな約40人が集った会議室で、日本人を代表して58歳の哲男がみんなに語り掛けた。

 

「上からいいますとですね、『地震』。『雷』。『火事』。そして・・・」

 

少し間をおいた。ふっふ。これが分かる外国の方はいないだろうなあ。

 

「親父。」

 

・・・

 

沈黙が場を包んだ。戸惑うのも無理はない。天災、天災、人災ときて、なぜ人間なんだ。どうしてお父さんなんだ。みなさん、そう感じているんでしょう。分かる。分かりますよ。でもね、これこそが日本の伝統文化なんです。昔から家族の中でもとりわけ父親というのは尊敬され、畏れられていたのです。もうそりゃ、お父さんに言いごたえでもしようものなら、それこそ鉄拳が・・

 

準備していたセリフをはこうと口を開いた瞬間。気勢を削ぐ一声に哲男はたじろいだ。

 

「ウケる~」

 

車座に並んだ参加者の中にいた、女子高生だった。なんだか軽く拍手までしてきよったぞ。なんだ、なんだこの不届き者は。

 

「あれでしょ、『KAJI』からの~『JI』つながりで~、『OYAJI』で~、ズコーってヽ(・ω・)/」

 

この子、完全に「親父」をネタだと思ってやがる。ここは人生の先輩として、勘違いを改めてあげなければ。

 

「お嬢さん、これはネタじゃないんですよ。昔からね、お父さんって、怖かったでしょ。でも頼りがいがあるでしょ。お父さんの背中って、大きいでしょ。お父さんって、すごいでしょ。だから日本の怖いものランキング4位に入るんですよ。お父さんって、すごいんですよ」

 

自らも中高生の娘2人を育てる父親として、哲男は願望も込めながら語り掛けた。

 

お父さんを、もっと尊敬してほしい。

 

「ないわ~」

 

塩対応がかえってきた。ぐぬぬ、、お父さんをなんだか水か空気みたいに思ってるみたいだ。

 

「だってさ~親父ってさ~クサいじゃーん。電車とか乗ってたらさ~、一番元気ないしさ~、めっちゃ弱そうじゃん。押したら倒れるんじゃね~」

 

く、悔しい。だが、図星だ。そのとおりだ。世のお父さんは今、給料上がらずにヒイヒイいっている。それでいて仕事は増えるばかり。人間関係でストレスもたまっている。家庭内地位は正直、どうだろう。お母さん、子供たちと続いて、さらにペットのワン公の次にきて、ああ、最下位じゃないか。

 

十代の女の子の頭の中で、かつての威厳ある「親父」は、ダサくどこかわびしく、ときに嘲笑の的にさえなる「オヤジ」(片仮名)にとって代わられていた。

 

「親父」から「オヤジ」か。ああ、世知辛い。親父世代で育った一人の親父として、とても寂しい。

 

何か言い返したい、盛り返したい。「親父」時代の栄光を、その片鱗だけでも、取り戻したい!

 

高度成長時代の最後の落とし子の切なる叫びをハートで受け止めたか、車座に交じっていた一人の男が立ち上がった。

 

私は、あなたの意見に賛成ですね。

 

人助けのヒーローこと、ざんねんマン。趣味の外国語学習の一環で顔を出していた。落ち着いた、渋みのある声で語り掛けた。お父さんのおっしゃること、私はよくわかりますよ。親父はやっぱり、親父ですよ。貫禄があってこその、親父なんだと私も思います。家でドーンと構えてる、お父さん像。私は大切だと思いますよ。

 

突如現れた味方に、車座のみんなも「uh huh~」とうなずきかけた。さすがヒーロー。一件落着か。

 

「ダッサ~」

 

また女子高生が片手を揺らしてきた。容赦なく冷や水を浴びせてくる姿は、ザ・ツンデレだ。いや、デレがないから、ザ・ツンだ。

 

決めポーズしかけたところをすかさず崩され、小粒ヒーローは羞恥にまみれて顔中真っ赤っ赤。お嬢さん、言うたりますなあ。でもねえでもねえ、オヤジだって、どっかいいとこぐらいはあるでしょうよ!おんなじ人間だもの!お嬢さんのお父さんの、いいとこの一つ二つぐらい、言ってくれたって罰は当たりませんよお!

 

「あるかな~」

 

中空に視線を泳がせ、少女は例を挙げていった。

 

テストで成績が悪くても、お母さんみたいにガミガミ怒らないこと。

友達と遊びにいくとき、車で送り迎えしてくれること。

週末は、ときどきお母さんの皿洗いを手伝ってあげてること。

お母さんと口喧嘩になったら、途中でおとなしく降参してること。

それから・・

 

切ない。切なすぎる。お嬢さんのお父さん、やさしいんですなあ。家庭内地位、やっぱり低いんだろうなあ・・

 

ざんねんマン、胸につまされて何も言えないでいると、哲男が何かをつかんだかのように口を開いた。

 

「そうだ、それなんだ」

 

世の中の人が父親を畏れ敬う「親父」の時代は、もう過ぎ去った。二度と戻ってくることはないかもしれない。バブルがはじけ、30年近い低迷の時期が続く中で、いつしか「オヤジ」へとグレードダウンまでしてしまった。だが、そこで終わったわけじゃない。これから、また新たな地平が拓かれようとしているんだ。

 

「おやじ」(平仮名)

 

これだ。どこか丸く、柔らかく、しなやかで、あたたかい。妻を気づかい、子どもらを笑って見守り、ことにあっては体を張って守る。これぞお父さん。これぞ、現代を生きる父親像なのだ。

 

「お嬢さん、ありがとう」

 

哲男は長年鬱屈していた気持ちがようやく晴れたか、澄んだ瞳で少女に微笑みかけた。もう俺は迷わない。「親父」像を、追い求めはしない。これからは「おやじ」を目指すんだ。がんばって、家帰って、まずは奥さんの肩もみから始めっど!

 

「なんか~、おじさん、カッコい~」

 

初めて女子高生からお褒めの言葉が出た。ツンデレの「デレ」がきた。

 

キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

 

哲男の頬が、溶けてしまいそうなほどに緩んだ。そこにはもはや、「親父」の貫禄はみじんも残っていなかった。

 

漢字からカタカナ、そしてひらがなへ。「OYAJI」新時代へと踏み出した哲男の晴れやかな表情に、ざんねんマンも一仕事終えたような爽快感を覚えた。

 

ただ、よくよく考えてみると、ちょっと複雑でもあった。

 

おやじさんの肩を持ってあげたつもりが、はしご外されちゃったなあ。

 

結果オーライで仕事を果たしつつ、ぼやきながら会場を後にしたのであった。

 

 

~お読みくださり、ありがとうございました~