おじさん少年の記

疲れた時代に、癒やしの言葉を。からだはおじさん、こころは少年。

【ざんねんマンと行く】 ~第11話・突如現れたUFO、敵か味方か

とうとう、この日がきた。

 

日本は富士山の上空に突如現れたのは、巨大な球形をしたUFO。年の瀬の帰省ラッシュで混雑する東名高速道路は、スピードを落として上空を仰ぎ見るドライバーが続出し、大渋滞が生まれていた。

 

我々と同じく知能を備えた生命体がいるはずー。世界中の人々の期待は突然、形となった。ただ、「向こう」から訪れるという形での遭遇は、動揺を招いた。

 

友好の遣いか、はたまたインベーダーか。

 

各国の政府首脳が、ただちに対策会議を開いた。「地球代表」を送り込むことで一致した。

 

戦う前提であれば、怪獣退治のプロことウルト〇マンあたりが適任だ。だが、先方に攻撃の意思がなければ無用な刺激を与えかねない。人畜無害で、しかも体を張って地球を守ってくれそうな人物はいないか・・・

 

知恵を出し合った結果、「毎回、最終的には人助けをしている」という点で一人の男が選ばれた。東洋の島国から生まれた人助けのヒーロー・ざんねんマン。早速、国連本部に呼び出され、レクチャーを受けた。

 

相手に敵意を見せてはならない。絶えず親愛のパフォーマンスを。しかし、一瞬でも先方が不穏な動きを見せたときは、体を張って地球を守ってくれ。よいか、絶えず笑顔で。でもいざとなれば闘って。

 

「無茶な」

 

押しの弱いざんねんマン、言いごたえもできず、かといって心の整理もつかぬまま、富士山へ向かうのであった。

 

早速、球体と向き合う。よく見ると、ところどころかすり傷がついている。さては、他の惑星で戦いをした証拠か。少し、緊張してきたぞ。

 

鋼鉄製とみられる表面の一部がめくれ、半透明のシートに包まれた。膜の向こうに、なにやらうごめく物体が幾つか見える。あれが宇宙人か。手か足か分からないものをこちらに向けている。僕を指さしているようだ。どうも、向こうは動揺しているみたいだ。

 

「はるか銀河系の果てで見つけた魅惑の惑星で、出会う代表者がこんな風采のあがらぬ生き物だとは」

 

言葉は分からなくても、彼らの落胆ぶりを繊細な神経で感じ取ったざんねんマン、心が折れかけた。が、気を奮い、満面の作り笑顔とともに両手を振った。

 

それにしても、この方々は何を目的に地球までやってきたんだろう。高度な技術力があるだろうから、資源もエネルギーも食料もそろっているはずー。

 

シート越しに「顔」のようなものが見えた。彼らの目線を追った先には、海原のはるか上をたゆたう、真っ白な雲のじゅうたんが広がっていた。その風景は、眺めている自分の心まで、どこまでも押し広げてくれそうだ。

 

ひょっとしたら、狭い宇宙船では得られない「空間」を求めているのか。

 

だとしたら、地球は最高の舞台だろう。でも、ここには先客がいる。譲れない。代わりのものはないかー。

 

「ちょっと待ってておくんなまし!」

 

何をひらめいたか、片手で制止ポーズをとると、東京の自宅へと急降下した。手にしたのは、江戸時代の浮世絵画家・葛飾北斎の画集。それと、自分で描いたスケッチ、画材。以前、北斎の傑作「凱風快晴」を見て迫力に心を打たれ、趣味で集めていた。袋に入れ、超音速で再び富士山上空に戻った。

 

「こちらを、お納めください!」

 

シートに向かって差し出す。長い指のようなものが、袋をつまみ上げた。

 

「嘆息」ともつかぬ、感銘の声が上がるのを感じた。シート越しに映る彼らの瞳には、さきほど雲のじゅうたんを眺めていたときと同じような歓喜の色がにじんでいた。

 

ややあって、再びシートからニョロリと長い長い指が現れた。挟まれていたのは、ざんねんマンの手描きのスケッチ。どうやら、こちらのほうは彼らの好みに合わなかったらしい。

 

突然、ガガガと宇宙船の動力音が急に高まった。スーと垂直に浮き上がり、一閃ののちに球体はあっという間に見えなくなった。

 

あまりの急展開に、各国首脳らは当惑した。なぜ、彼らが去ったのか。あらゆる知識人が集まった。そして、一つの仮説にたどり着いた。

 

彼らは高度に社会性を備えた存在だ。だから、力づくで土地を奪う行為は宇宙文明の倫理観からも許されなかった。このため、黙って相手からの攻撃を待っていた。「正当防衛」のきっかけを待っていたのだ。あの球体についていた無数のかすり傷は、別の惑星でまんまと現地文明をはめた証拠だろう。我々はすんでのところで、助かった。

 

もう一つの理由が、画集だった。彼らは一幅の絵に揺り動かされた。無限の奥行きと感動を秘めた、自分の「心」というはるかに豊かな空間に気づいた。惑星という物理的な空間に、必ずしもこだわる必要は、なくなった。

 

文明と文化は、必ずしも並んで進歩するものではない。科学の進んだ彼らでさえも及ばない、我々地球人の文化の力が、この惑星を救うことがあるのかもしれない。

 

やがて世の中は再び日常の落ち着きを取り戻した。その中でただ一人、ざんねんマンだけは「今度彼らがきたときは受け取ってもらうぞ」と勇んで画板に向き合うのであった。