疲れたサラリーマンに、古の和歌が響く。
~簡単な自己紹介~
仕事でクタクタになったとき、心が疲れたときは、目に映るものすべてが味気なく見える。
心が晴れないから、見上げる夕空もどこかあせてしまう。
沈んだ心は、むしろ暗くひっそりとしたものを眺めるときこそ落ち着く。部屋のライトを落とし、静かな曲を聴く。沈んだなりの、癒し方があるように感じる。
古代の和歌にも、まさに同じような心境を詠った作品が数多くある。
その一つをご紹介する。
~以下、作品(全体で一つの歌)~
草枕 旅の憂へを 慰もる こともありやと 筑波嶺に 登りて見れば
尾花散る 師付の田居に 雁がねも 寒く来鳴きぬ
新治の 鳥羽の淡海も 秋風に 白波立ちぬ
筑波嶺の よけくを見れば
長き日に 思ひ積み来し 憂へはやみぬ
~引用終わり、万葉集第9巻 1757番歌~
作者は屈指の歌人・高橋虫麻呂。本人の来歴などの説明はひとまずおいておく。作品を声に出してみると、その小気味よいリズム感、繊細な心情を伝える言葉遣いに、思わず引き込まれる。
作者は、長く気に病むことがあったのだろう。官人としての勤めには理不尽と感じることも少なくなかっただろう。疲れ、活力を失ったこころを引きずり、何か癒しになることでもーと筑波の山を訪ねた。
晩秋。
尾花散り、雁の啼き声が寂しく響く。
見下ろす田園は、ススキの穂が秋風に吹かれ、白波のようにそよいでいる。
もの寂しさばかりをかきたてるような光景に、自分のこころがぴたりと共鳴した。
自分の浸っている心情は、自分だけのものではなかった。自然もそうであった。そのことを感じ、作者は孤独感が癒され、胸すいた。
最後のくだりがまた素晴らしい。
筑波嶺の よけくを見れば
長き日に 思ひ積み来し 憂へはやみぬ
自然の静まりとともに、憂いも鎮まった。
まるで現代のサラリーマンのために編まれたのではないかと錯覚させる名歌だ。出会えたことに感謝する。
~お読みくださり、ありがとうございました~