【随想】個と全
午後の柔らかな陽射しに誘われたかのように、色褪せた一枚の葉が枝の元を離れた。
初めて体験する己の自由を喜ぶかのように、無限に広がる空間をヒラヒラヒラと舞った。
やがて湿り気を帯びた大地に触れ、永遠に動かぬものとなった。
ついさきほどまでは、一本の立派な樹木の一部であった。一部にすぎなかった。
それが、枝を離れた刹那、「葉」という独立した個物の立場を得た。束の間ではあったが、他の何物とも異なる輪郭を持った。
まもなく大地の一部となり、おそらくそれほど日を置かないうちに腐葉土として形も色も失う運命を待つ身となった。
もはやどこに移ろいようもない、将来の土くれは、どの姿が本来の己だったのだろうか。
樹木の一部分として、枝先で陽射しを無心に吸収していたころか。
母体に別れを告げ、自由と個性を楽しんだ滑空の間か。
大地に触れ、その輪郭も色合いも何もかも溶けてなくなる無限のこれからか。
葉というかたちの中に、無限の過去と未来が含まれている。それは連鎖し、はじまりもおわりもない。
どれもが己であるように見える。
同時に、どれもがかりそめのようにもおもえる。
輪郭を与えようとするのは見る側であり、葉そのものには何の頓着もないかもしれない。
アイデンティティというものは、かりそめの世界の中で形をこしらえようとする無理の最たるものなのかもしれない。
あがくこともなく、嘆くことも不安におびえることもなく、ただ淡々と生の過程を感じ、移ろっていけばいいのかもしれない。
大地の無限に浸ったとき、新たな生の過程が始まるのだろう。