これは、しがないサラリーマンが抱いた、妄想・ファンタジーの記録である。
プルルル
私「おー、ご無沙汰です。元気にしてますか」
山下「ボチボチですな。それはそうと、また“出勤”をお願いしたくて」
私「仕事ですな。そいつぁありがたい。私もねぇ、最近喉が渇いてたんですよ」
山下「じゃあ明後日、赤坂で」
・・2日後・・
私「山下さん!こっちです!」
山下「さすが川上さん。キめるときはキめますな。ビシッとした背広姿。貫禄充分」
いやまあ。
山下「今日のお客さんは、プライム上場の専務さんですから、よろしく頼みますよ」
私「まかせなすってっぇ」
・・・そろって料亭Xへ・・・
ガラガラ(2人の待つ個室に初老の紳士が登場)
山下(やや緊張気味)「いやー専務、今日はお呼びたてしてしまいまして、すいません。さあこちらへ」(上座へ促す)
田中専務「いやまあ、気を使うのはよしたまえ。私はねえ、固いのが嫌いなんだよ」
山下『(心の声で)うそばっか。粗相があったら許してくれないタイプなんだよな。気が張り詰めるぜ』
(山下、額を汗でにじませ専務に酒を注ぐ)
田中専務「ところで隣の方は」
山下「いやまあ、なんといいますか、『相棒』とでも申しましょうか」
私「ええ、そんなところです。どうもごひいきに」
田中専務(むっつり顔で)「まあ、ええわ。今日は飲むとしますかのう」
・・・小半時が経過。田中専務、やや出来上がってくる
田中専務「でね、聞いてくださいよ。うちの部下どもがですね、物分かりが悪くって。最悪なんですよ」
山下(出た、専務の愚痴もどき。下手に相槌でも打っちゃったりしたら、「おめえは八方美人なタイプだな」なんかいって、商談を反故にされかねないんだ。まったく気が抜けないよ)
(山下、さりげなく隣の私に目くばせする。『そろそろ出番ですよ』)
私(落ち着いた野太い声で)「なるほど、『物分かりが悪い』と」
山下『(顔で語る)おい、大丈夫かよ。けんか売ったらダメだぞ!』
田中専務「いかにも、そうだが。俺の言っていることに、何か問題でも(額に青筋が立つ)」
私「いやいや。私は思ったのですが、それはつまり、専務が聡明すぎるということではないかと。物事が見通せる方なんて、世の中にそんなにいやしません。部下の方が悪いんじゃないんです。専務が特別すぎるんです」
田中専務「(真顔で褒められ、思わず歯が浮く)え、まあ、それほどでも・・」
私「そして、このネクタイ。渋い。渋いですよ、専務!私は好きです(じっとネクタイを見つめる)」
田中専務『(心の声で)こいつ、俺の本当のカッコいいところ、分かってやがる!やっぱ世の中、分かる奴は分かるんだ』
・・さらに小半時が経過・・
田中専務「それでよお、俺もよお、若いころはちったあモテたんだぜ」
私「分かりますよ!なんたって、この厚い胸板!レディーの憧れの的だったんでしょう、このこの、罪男!(肘で田中専務の脇腹をこちょこちょする)」
田中専務「(こちょこちょされるのは中学生以来。何かがはじける)お、おふう~って、このたわけ!初恋の子にもこちょぐられたことないのに!」
私「そんな照れちゃって。カワイイかも!さすが紅顔の美少年でブイブイいわせただけある!」
田中専務「それ以上いうな、もう本当に恥ずかしいから。いくら俺が確かにイケてる奴だからって、みなまで言わなくてもいいよ(デレデレ顔)」
私「もーこの、余裕っぷりが許せない!またこちょこちょしちゃうから~」
田中専務「勘弁してくれよ、俺本当にこちょこちょ弱いんだよ~」
・・・おっさん同士のアホのようなやりとりが続く・・・
翌日。
プルルル
(自宅の枕元で)私「あ、山下さん。昨日はお疲れ様でした。で、どうでしたか」
山下「もうね、本当ね、ありがと。商談、成立しましたよ。専務がね、『昨晩は楽しかった。あのこちょこちょさんをまた呼んでくれないか』だって。助かりました」
私「よかったよかった」
山下「えっと・・お代は、いつものように『いらない』ということで、いいんでしたっけ?」
私「もちろん。私の仕事はね、ただ飯ただ酒ぐらいがちょうどいいんですわ」
山下「あなたって人は、ホント変わってますねえ」
・・・
世の中にはいろんな仕事がある。企業の商談成立を請け負う宴会師のような職業だって、あってもおかしくない。
報酬?そんな堅苦しいもの、いらねえいらねえ。宵越しの銭の代わりに、酒肴さえあればありがてえってなもんで。そっちのほうが気楽だし、呑ん兵衛の本領が発揮できるんでさあ。
こんな「相棒」仕事の依頼が舞い込むことを、呑ん兵衛たる私は心ひそかに待ち望んでいる。
~お付き合いくださり、本当にありがとうございました~