おじさん少年の記

疲れた時代に、癒やしの言葉を。からだはおじさん、こころは少年。

【歩き旅と思索】 23・マイクロツーリズム

一筆書きのように移動していく歩き旅では、有名な観光スポットや旧跡ばかりを巡ることは難しい。
 
その代わりに、土地土地に根差す石碑や古い食堂、地元で数軒しかなさそうな居酒屋など、知名度では測れないアジのあるスポットを訪ねる機会が多く、それがまた代えがたい楽しみにもなっている。
 
栃木県は鹿沼市という地方都市を訪ねたときのことだ。
 
中心部はそれなりの街であり、テントを張るのはあきらめた。代わりに、いたく歴史の古い日本家屋で営んでいるゲストハウスに泊まることにした。
 
応接してくれたのは、たしか移住してきたという若い女性だった。鹿沼の見どころなどを簡単に教えてくれた。
 
徒歩圏内に、祭りで曳き出す山車の展示館があるという。日没まで少し時間があったので、いってみることにした。ちなみにそのまた近くに地元の銭湯もあると教えてくれた。なるほど、それはいい。早速着替えを持ち、展示館へと向かった。
 
展示館には立派な山車が何台か飾られており、地元のボランティアが丁寧に解説してくれていた。初老の男性だった。地元のことを誇りに思っている様子が言葉の端々から伝わり、微笑ましい気持ちになった。
 
頃合いは初夏。ほどよく汗ばみ、館を出ると銭湯ののれんをくぐった。気持ちよく汗を流した。たしかそこでお客さんか番頭さんに「ここらへんで美味い居酒屋はありませんか」と伺った。1軒、いいとこがあると教えてもらった。そちらに向かった。
 
居酒屋はこじんまりとはしていたがお客さんであふれていた。切り盛りする夫婦は愛想がよく、地元の人々がひいきにする理由が分かった。
 
一見の私にも声を掛けてくれた。歩いて旅をしているというと、興味深そうに耳を傾けてくれた。宿につき、山車の展示館に行き、人づてに聞いて銭湯を巡った後このお店にきたことを伝えると、「まあ、めちゃくちゃローカル観光ですね」といったようなことを言われた。私も店のおかみさんも笑った。
 
おいしく食べ、飲んだ後、気持ちよく店を出た。
 
10歩ほど進んだところだったか。店のほうから「すいませーん」と声が聞こえた。店の若い亭主だった。
 
「これ、つまらないものですが」
 
片手に缶ジュース(だったと記憶する)を握っておられた。旅の道中、何か疲れたときの栄養源にしてもらいたい、という趣旨のことを言われた。
 
私は、ほんのり幸せだった気分が一層盛り上がるのを感じた。地元の方からの、心のこもった贈り物だ。何にもましてありがたかった。
 
地域に、ローカルに、限りなく近く触れることのできる旅の一つが、歩き旅だと考える。そこにはネットには出ていない出逢いがあり、気づきがあり、一回限りの体験がある。
 
便利なデジタルの時代だからこそ、歩き旅を含むアナログがこれから意外と魅力を発揮していくのではないだろうか。
 
~お読みくださり、ありがとうございました~