おじさん少年の記

疲れた時代に、癒やしの言葉を。創作物語(「ざんねんマンと行く」=各話読み切り)など、書いていきます。からだはおじさん、こころは少年。

【ざんねんマンと行く】 ~第27話・カラオケで注目を浴びたい管理職の心境(中)~

カラオケがうまくなって、会社の若い子たちにチヤホヤされたい!

 

誰にも明かせなかった願望をざんねんマンに聞いてもらったアラフィフの男・弘(ひろし)。居酒屋でひとしきり話をした後、人助けのヒーローに手引きされるように店を出た。

 

ややできあがったおっさん2人が向かったのは、近くの雑居ビルにあるカラオケボックス。「喉を潤した後は、ふるわさないとね」

 

中年おやじ2人が向き合う狭いボックス。漂い始めた哀愁を、赤ら顔のざんねんマンが笑顔で振り払った。「さあ、歌いますぜ」

 

ざんねんマン、リモコンをたぐり寄せると、遠慮なく1曲目を送信した。おっさん世代にはなじみの深い、ビリージョエルの「honesty」だ。

 

前奏のところから、瞳を閉じた。ビリーになりきっている、いや、一人のhonestな男に浸りきっているというべきか。

 

スクリーンにつらつらと現れる英語の字幕。ざんねんマン、見るまでもないとばかりに口ずさむ。大声でもなく、がなるでもなく。抑揚もない。特に印象も、残らない。

 

サビのところで、少しだけ拳に力が入った。「such a lonely word」 だが、引っ張らない。とつとつと、自らに語り掛けるように、一つ一つの言葉を、発した。

 

歌い終えたところで、静寂が再びおっさん2人のボックスを包んだ。

 

正直、上手くはない。だが、ざんねんマンという中年男の、人となりは少しだが垣間見えたような気もした。

 

若い子たちみたいに、元気はない。喉もよくはない。ビブラートとか、はなから無理。素敵な音色、出せない。その分、節と節との「間」にたたずむ余韻を伝えることはできる。音を「有」ととらえるなら、間は「無」だ。盛りを過ぎたおっさんでも、この「無」の部分なら味を出せるかもしれないぞ。

 

「よし、俺もやってみよう」

 

弘は立ち上がった。憧れのポップソングではなく、耳なじんだ演歌を選んだ。 

 

人はみな 山河に生まれ 
抱かれ 挑み

 

人はみな 山河を信じ 
なごみ 愛す

 

演歌の神様こと、五木ひろしの名曲「山河」だ。


とつとつと、自らの心裡を歌詞に預けるかのように、言葉を発していった。

 

かえりみて
恥じることない 足跡を
山に 残したろうか

 

力の入りそうな部分でも、弘はスタンスを変えなかった。野太いが、短く。引っ張らず。言葉と言葉のあいまで、弘は瞼を閉じた。メロディの底をただよう、ひとのこころの暖かさを味わった。

 

これ、か。

 

有に対する無。動に対する静。齢を重ねた人間にこそ、味わい、表現できる世界があるのだ。

 

「ありがとう、本当にありがとう」

 

弘、ざんねんマンの両手をしっかり握り、頭を深々と下げた。約束通り、カラオケボックス代を甘えた上で、晴れやかな表情をしながら終電間近の駅へと向かった。

 

弘の、華やかとはいかないがそれなりに愛されるカラオケ人生が、始まった。

 

~(下)に続く~

 

週末出動!

【ざんねんマンと行く】 ~第28話・カラオケで注目を浴びたい管理職の心境(上)~

これまで、そこそこ納得いく人生を送ってきた。

 

そこそこの大学を出て、それなりに名の知られた会社に入った。上司、仲間にも恵まれ、ある程度納得いく仕事とキャリアを積むことができた。今は管理職として、相応の地位と責任を与えられている。部下からもそれなりに頼られ、信頼してもらっていると感じる。これ以上、望みごとをしてはいけない。そう思えるほど、自分は恵まれている。

 

分かっている。それは分かっているんだ。でも、どうしても叶えたい夢が、あるんだ。

 

役職定年まであと数年。会社員人生の集大成ともいうべき時期に差し掛かっている弘(ひろし)は、しかし社会人になってから心密かに抱く願望を、どうにも抑えることができなくなっていた。

 

カラオケで、注目を浴びたい。みんなに、ちやほや、されたい。「弘さん、かっこよすぎです!」「私、弘さんの喉に惚れちゃった」「弘さんだったら、デュエットしてもいい」。若い子から、男の子から女の子から、言葉の花束で、こねくり回されたい。

 

ムラムラと募る願望と熱情は、都内でジョギング中の男の胸にズギュンと刺さった。人助けのヒーロー・ざんねんマン。「しばし待たれぃ」と一人つぶやくや、トンと地を打ち夕暮れ空へ。弘の暮らす仙台に向かって翔(か)けた。

 

居酒屋で最初の一杯をあおっていた弘とご対面。「おお、あなたは・・」

 

ミッション達成率100%の、ヒーローじゃないか。組織の管理職として、ある程度のことは見聞きしていた。興奮が高まってきたぞ。

 

弘、「まあまずは喉を潤しましょう」とざんねんマンに一杯すすめる。コップにトクトクとビールを注がれたヒーロー、まんざらではない表情だ。ふむふむ、もてたいと。若い子たちが聴いてる、ポップソングとか、歌いたいと。でも、テンポについていけないと。で、音痴と。

 

やや赤ら顔になったざんねんマン、本音が思わず漏れた。

 

「どげんもならん」

 

それまで気持ちよく願望を語り聞かせていた弘の額に、青筋が立った。「な、なんだとぅ?!人助けのヒーローだってのに、これっきしのことも、できねえのかよ?!」

 

やや挑発的な言いっぷりに、ざんねんマンも負けてはいない。なあに調子のいいこと言ってるんですか。いったいねえ、どこの世の中にですよ、アラ還のおっさんのダミ声なんて、聴きたいやつがいますか。この際いうたりますけどね、我々おっさんはねえ、どう頑張ったって、アウトオブ眼中なんですよ。

 

言いながら、同類の悲哀をかみしめた😂

 

同じ土俵で頑張ろうったって、無理な話だろう。私だって、ヒーロー稼業をさせてもらっているけれど、とてもとても歴代のスーパーヒーローにはかなわない。手からビームは出ないし、地球を秒速30万キロで飛び回ることもできない。でも、端役は端役なりの出番がある。誰かの聞き役になったり、いじられ役になったり。その人が元気になる手助けを、することはできる。

 

ないものをねだるんじゃない、あるものを、光らせるんだ。

 

ざんねんマン、ひらめいたかのように語り掛けた。「弘さん、2軒目、行きましょう。次は私のおごりで」

 

煩悩にまみれた者同士、悟りの手がかりをつかまんとばかりに、“修行”の場へと手引きするのであった。

 

~(中)に続く~

 

週末出動!

【ざんねんマンと行く】第27話・宇宙にあこがれる少年~

「息子に、せがまれまして」

 

便せんにしたためられた相談内容に、人助けのヒーローはちょっと渋い顔をした。おいらはなんでも屋じゃないんだがなあ。

 

手紙の主は、東京都内に暮らす会社員男性(50歳)。最近、日本人実業家が宇宙旅行を楽しんだというニュースが流れるや、10歳の息子が「僕も宇宙に行きたい」といって譲らないのだという。手紙は宛先の世界ヒーロー協会を通じ、ざんねんマンの暮らす都内のアパートに転送されてきた。

 

「私はしがないサラリーマンでございます。宇宙に行くお金なんてとてもとても。ここは何とか、ざんねんマン様にお願いをと思った次第」。なにやら都合のいいお願いのように聞こえるぞ。気乗りはしないけど、わざわざ手紙で助けを求めてきた誠意は買おうじゃないか。

 

空を飛ぶ術を体得しているざんねんマン、少年を大空高くまで連れて行くことぐらい何ともない。だが、民間サービスの邪魔をすることはヒーローの良心が許さない。ここは地味に、できる範囲で務めを果たすことにするか。

 

ピンポーン

 

神戸にある相談者の自宅を訪ねた。「わあっ!人助けのおじさんがきた!」少年の目が輝く。父親も「すいませんねえ、無理難題を押しつけたみたいで」と少し頭を下げる。ただ、それほど悪びれていない雰囲気に、ざんねんマンのハートはやや波立った 。

 

ぼうやの相談、受け止めました。とりあえず、これで何とか・・

 

右手に抱えていた細長い箱から、あるものを取り出した。幼いころに両親から買ってもらった、望遠鏡だ。「宇宙には行けないけど、宇宙に行った気持ちにはなれるかもしれないよ」

 

少年は興味津々のまなざしだ。一方、父親は「結構、小さいですね・・」とチクリ皮肉を差し込んでくる。「まあでも、見掛けによらず、超高性能!とかなんでしょ?!でしょ?!」

 

あ、いや、昔ながらの望遠鏡です。倍率もそんなに高くないですよ。

 

淡々と語りながら、庭でセッティングを進めるざんねんマンの後ろで、父親は不機嫌な表情を隠そうともしなかった。

 

「さてと、設置作業は終わったよ。坊や、これであの、お月様をのぞいてみよう」

 

少年がレンズをのぞき込む。「あ!地面が見えた!デコボコしてる!」

 

クレーターだ。素朴な感動が、短い言葉からも伝わってくる。ざんねんマン、ジーンと余韻をかみしめていると、少年がつぶやいた。「あ~あ、画面から外れちゃった」

 

持ってきたのは、子ども向けの簡単な装置だった。高額の望遠鏡と違い、地球の自転速度を計算して星々の動きを自動追尾する機能はついていない。

 

「もーまったく、ガッカリだなあ。月さえ満足に見られないなんて。本当にヒーローなんかいな」

 

父親が聞こえよがしにイライラをぶつけてくる。ざんねんマン、ふつふつと沸く怒りをぐっとこらえ、再び少年にささやく。「もう一回、お月様をつかまえよう」

 

筒をわずかに動かし、満月を小さいレンズの中に包んだ。その瞬間、少年に交代する。今度は、少年の観察眼もより鋭くなっている。「お月様、どんどん動いてる!」

 

筒を向けていると、月はものの数秒でレンズから外れていく。

 

それは、地球が恐るべき速さで自転していることを如実に示していた。

 

「なんだか、お月様の上を飛んでるみたい」

 

ざんねんマンものぞきこんだ。本当に、少年の言ったとおりだ。なんてすばらしい発想なんだ。

 

地球がダイナミックに動いているという生きた現実は、何も宇宙空間に行かずとも、最新機器を買わずとも、しっかり味わうことはできる。利便性の劣る昔ながらの道具だからこそ、得られる発見や感動もあるのだ。

 

「そうだね、まさに私たちは、『宇宙船地球号』に乗っているんだよ」

 

父親が、突然割り込んできた。ざんねんマン、決めぜりふを先に吐かれ「おいしいところを持っていきやがったな」と地団駄を踏むが、とき既におそし。父親に尊敬の目を向ける少年に、「お父さんの言うとおりだね」と優しく語りかけるのが精いっぱいだった。

 

少年は、躍動する宇宙の迫力を肌で感じとった。その後は旺盛な好奇心に突き動かされ、宇宙の仕組みを解き明かす道を自ら切り開いていくことになるだろう。

 

手元の少しガタのきた格安望遠鏡で、少年が宇宙の神秘に触れるサポートをなんとかこなしたざんねんマン。夢も共感力もない中年の父親にはガッカリする一方で、純朴な少年には「頑張るんだよ~!」と大きく手を振って別れを告げた。

 

家路につくべく、月明かりの優しい夜空へふわり舞い上がった。少年とお月さまの間をかすめ、ピースをつくった。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~

【ざんねんマンと行く】 ~第26話・ほじくり怪獣・ホジクロンとの闘い(下)~

~(上)はこちら

 

触れられたくない過去や秘密を白日の下にさらけ出す、ほじくり怪獣・ホジクロン。もはや抗う術なしかと世間が諦めかけたころ、意を決したざんねんマンが、決死の形相で強敵との間合いをジリジリと詰めていった。

 

こやつのやりたい放題にさせてなるものか。

 

無駄に舌の肥えたホジクロン、既に家という家の珍味、酒を片っ端から頂戴している。急いで倒さねばと焦りが募るが、簡単にはいかない。というのも、抵抗の構えを示した相手には、容赦なく100M四方のバーチャルスクリーンで“お仕置き”をしてくるからだ。

 

職場でモテようとカラオケをこっそり練習するも、一向に上達しない還暦前の会社員男性。ハイソを気取るが実は切りつめた生活に息切れしかけのアラフィフ主婦。片思いの女の子に告白したけれど、一瞥の下にフラれた高校生のイケメン男子―。目を覆いたくなるような恥ずかしい内面が、次々と団地の人々に暴露されていた。

 

ざんねんマンは考えた。今回の闘いで、自分は恥辱の極みを浴びることになるだろう。それでも、やむをえん。自分はもともと、たいした人間じゃない。頼もしくもない。映えない。モテない。3ない、4ない人間だ。

 

カっと目を見開き、ホジクロンの真ん前に立ちはだかった。

 

やあやあ、我こそは人助けのヒーロー・ざんねんマンなり!お主の悪行は目に余るものがあるよって、お引き取り願おう!

 

勇ましい調子で退去勧告をする小粒のヒーローを、珍獣は余裕しゃくしゃくの体で見下ろした。「さあて、また一つ大型スクリーンで撃退してやるか」と、心の声が聞こえてきそうだ。

 

光線を放たんと、目玉をギョロリと上空に向けた珍獣を、片手で制止した。

 

その必要には及ばない。僕は、自分で恥ずかしい過去を明かそう!

 

海でおぼれかけた少年を助けようとしたけど、反対におぼれてしまい、奮起した少年に助けてもらったこと。

 

悟りを求める仏師のアトリエを訪ねたら、「イメージしてた救世主と違った」とがっかりされたこと。ただ、その後は「固定観念から解き放たれた」と斬新な作品をバンバンと打ち出す人気作家になられたんだよな。すごいなあ。

 

ええい、この際なんでもぶちまけよう。

 

鉄棒の逆上がりができないこと。

 

プールで25メートル泳げないこと。

 

彼女いない歴=人生ということ。

 

その他、云々・・

 

一言一言は、マスコミ各社が現場に放り込んだ小型マイクを通じて全国のお茶の間に伝わってしまった。

 

最初は、「あらあら」「いやー恥ずかしい」と苦笑が漏れたが、やがてざわめきも静まった。

 

隠したい秘密を、過去を、勇気をもって告白している。弱さをさらけだしている。

 

むしろ、立派じゃないか。

 

みんな、世間体という得体のしれない存在に萎縮していないか。隠す必要もない内面を後生大事に抱え込み、日の目を見ないかとビクビクしてはいないか。だが、意を決してさらけ出してみたとき、心配していたのとは全く違った評価に包まれるかもしれない。

 

巨大なスクリーンに、もはや映すものはなかった。ざんねんマンが自ら明かしてしまうからだ。珍獣・ホジクロンは、やることがないとばかりにため息をつき、他の獲物を狙い始めた。だが、ここでも住民たちの逆襲が始まった。おのおのが、ため込んだものを吐き出すように、空に向かって自ら叫んだ。

 

「そうですよ、どうせ私はカラオケ下手ですよ!でもね、うまくなって後輩たちに褒められたいんですよ!還暦近くにもなってというかもしれないけど、これが私なんです」(会社員男性・58歳)

 

「私も白状しますよ!確かに私は身の丈に見合わない暮らしを装ってました。近所の奥様連中の輪から外されたくなかったから。でも、それは無理な話でした。私、庶民の暮らしに戻ります!」(主婦・49歳)

 

「僕は盛大にフラれました!イケメンイケメンいわれてますが!ま、こんなもんです!自信を失いましたよ!」(男子高校生・17歳)

 

弱さをさらけ出す人間の、なんと神々しいことか。

 

告白する住民に、周りの住民がエールを贈るという想定外の光景が広がっていった。

 

「気にするんじゃないよ」「俺も同じだ」「私も実はそうなのよ」

 

さしもの悪獣も居場所なしと悟ったか、モゾモゾと尻を動かし、穴を掘って姿をくらました。

 

勝敗は、決した。

 

もう隠すことがないというほど恥辱をさらけ出したざんねんマン。茫然とその場に立ち尽くした。ようやく終わった・・・

 

世の中は今、カミングアウトに優しい社会になりつつある。LGBT、信仰、病ー。隠さず、ありのままの自分をさらけ出すことが、ようやく受け入れられるようになってきた。あらゆる人が、弱さをさらし、また優しさで包み合う世界へとさらにさらに発展していってほしい。また、そうなるべく一層支え合っていきたいものだ。

 

今日もお役を果たしたざんねんマン。汗でぐっしょりの体をタオルで拭きながら、「まあでも逆上がりぐらいはできるようになりたい」と見栄っ張りな一面ものぞかせるのであった。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~

【ざんねんマンと行く】 ~第26話・ほじくり怪獣・ホジクロンとの闘い(上)~

ババババ・・・

 

朝から上空が騒がしい。アパートの窓を開けると、複数機のヘリが一直線にどこかへ向かっていくのが見えた。

 

マスコミか。何かが起きているみたいだな。

 

人助けのヒーロー・ざんねんマン、不穏な空気を感じ取るや、手作りマントを羽織り、ヨイサーと景気づけの一声とともに大空へ翔けた。

 

ヘリの一群は、やがて郊外の高級住宅地上空で止まった。群れの真下に、何か変な生き物が見える。体長3メートルほどか。SF映画に出てくる、宇宙怪獣のような見てくれだ。

 

怪獣は一軒の民家の前で立ち止まった。長い舌を使い、玄関を器用に空けるや室内のお宝を物色しているようだ。やがて何かを巻き取ったか、舌をシュルシュルと引っ込めてきた。

 

グルグルに巻いた舌先がとらえていたのは、高級品であろう和牛の冷凍肉と、つまみに合いそうなイカの一夜干し。家人が無抵抗なのをいいことに、白昼堂々と盗っ人業をやらかしよる。

 

ムヒョヒョヒョヒョ~ン!

 

怪獣が寄声をあげた。人間たちを小馬鹿にしたような、間の抜けた啼き声が、聞く側の心をささくれ立たせる。

 

さっさと誰か、奴を退治できないものか。怪獣にしては小ぶりだし、特殊な熱線なんかも出していないぞ。捕縛するか、麻酔銃で眠らせられないのかー。

 

自分の出る幕でもないとばかりに、ざんねんマンが小首をかしげたときだった。怪獣が空を見上げ、突然ビビビーと光線を発した。と、幅100メートルほどの巨大なバーチャルスクリーンが現れた。

 

瓶ビールが乱立するテーブルが映し出された。居酒屋のようだ。広間の一画で、屈強な男たちが大宴会を繰り広げている。盛り上がるのはいいことだが、少々度が過ぎたか。トイレから戻ってきた十数人が、ネクタイをふんどし代わりとばかりに素肌に巻き付けて現れた。「SUMO~」と雄たけびをあげ、しこをノシノシと踏みだした。反則スレスレの恰好は仲間の大爆笑をかっさらったが、周りの飲み会グループからはキンキンのジョッキよりも冷たい視線を浴びてしまった。

 

映っている一団は、あろうことか、怪獣を取り囲んでいる特殊対策班のメンバーであった。

 

宴会で羽目を外し、居酒屋から出禁を喰らい、お偉いさんからこっぴどく叱られた情けない出来事。もう思い出したくない過去を、その怪獣は目に見える形でほじくり返してきた。

 

どうやらこの怪獣は、人に触れられたくない秘密や過去を白日の下にさらすという、実に面倒な特殊能力を持っているようだ。だから、誰も近づきたくない。手が出せない。その証拠に、羞恥と恥辱にまみれた特殊対策班の一行は、もはや仕事も手につかないとばかりにうなだれてしまっている。

 

こりゃまた厄介な相手だぞ。

 

一戦交えるか迷うざんねんマンを出し抜くかのように、ロボットスーツに身を包んだ謎の人物が怪獣に立ち向かっていった。どこか懐かしい恰好だーと記憶をたどると、バブル期にそこそこ注目を集めた特撮ヒーローだと気づいた。

 

我こそは悪者を退治せんーと迫力をみなぎらせるロボットスーツ。だが、怪獣はひるまない。再び光線を放つと、スクリーン上に大きな折れ線グラフを映し出した。

 

視聴率の推移だった。はじめこそ右肩上がりで伸びていたが、視聴者に飽きがきて頭打ちに。やがて下降曲線をたどり、打ち切りとなった寂しき足取りがあらためて思い起こされた。「もう君はお呼ばれされてないの」と言わんばかりに、怪獣がスクリーンを何度も指さした。意気消沈したロボットスーツ、肩を落とすと踵を返し、野次馬の群れに消えていった。

 

かくなるうえは、自分の出番か。

 

ざんねんマン、覚悟を決めた。官邸で「ほじくり怪獣・ホジクロン」と名付けられた珍獣に向かい、一歩一歩近づいていった。

 

小粒のヒーロー、見せ場をつくれるか?!

 

~(下)に続く~

 

週末出動!

 

 

【雑記】サラリーマン、ストレス解消でものを書く

積もる仕事にストレス、倒すたびに迫る納期。
 
生きている限りは重荷から逃れられないのだろう。
 
せめてあがいてやろうと、昨年末からものを書き始めた。
 
物語は、ストレス解消にとてもいい。
 
自分の理想の世界が書ける。
 
憎まず、ののしらず、嫌わず、見下さず、倒さない。
 
自分のされたくないことは、人にもしない。物語にも、書かない。
 
読んだ人が、少しでも心すいてくれたらありがたい。
 
毎週末、創作物語「ざんねんマンと行く」を投稿している。
 
ストーリーは、なるべく明るく面白く、誰が読んでも肩がほぐれるような内容に仕上げているつもりだ。
 
週末のリラックスに貢献できると幸いだ。
 
~お読みくださり、ありがとうございました~

【ざんねんマンと行く】 ~第25話・「神さま」も大変じゃて~

澄み切った初夏の青空は、その下を歩いているだけで心洗われるようだ。

 

人助けのヒーローこと、ざんねんマン。公園で昼下がりの散歩を楽しんでいると、1本の大木を前に体が急に重くなった気がした。

 

「うー、む・・」

 

なんだか、沈んだ声が聞こえた気がする。が、幹回りを見回しても誰もいない。はてさて、空耳かしらんーと通り過ぎようとしたところで、年季の入ったうめき声のようなものが再び漏れてきた。

 

「なんぼなんでん、仕事多すぎじゃ・・」

 

こんな晴れ渡った夏空に似つかわしくもない。どんなおじさんがぼやいているんだーと枝先の茂みという茂みをくまなく見まわしていると、声の主が反応した。

 

「あいや、聞かれてしもうたか」

 

聞こえるも何も、さっきから情けないぼやき声上げてばっかりじゃないですか。おじさん、一体どこにいるんですか。どこの誰だかわかりませんが、話し相手ぐらいにはなりますよ。

 

「いやー、恥ずかしいかぎり」

 

姿を見せぬ声が明かしたところによると、その正体は人間が「神さま」といわれる存在のようだった。最近、「もろもろ仕事が山積みになり」、ちょいと息抜きとばかりになじみの大木に依っていたという。枝の茂みの中でゴロリ横になり、愚痴やらぼやきを一人つぶやきまくっていたところを、人助けのヒーローに漏らさず聞かれてしまった。

 

か、神さまでも嘆きたくなることなんて、あるんですか?

 

「嘆くもなにも、最近はとみにオファーが増えての、もう24時間てんてこまいじゃ」

 

神さまのおっしゃるには、21世紀になってから人間の上げてくる願い事が数、質ともカバーしきれないほどになっているという。「願いの成就率が高い」とされる社(やしろ)の情報がSNSなどで拡散。パワースポットも次々と掘り起こされ、仕事量の増加に拍車を掛けているらしい。

 

「ここ数年は特にひどいんじゃ。やれ『会社の売り上げ20%アップをなんとか!』だの、『T大学合格+彼女ゲット』だの。『宝くじ1等が当たりますように』なんてのは年間に数万人分も上がってくるんじゃ」

 

スポーツの試合の前には、各チームから「うちに優勝旗を」と熱いコールが届く。いくらわしでも、みんなを優勝させるのは無理な話じゃ。

 

人間の欲望ともいうべき各種の陳情やお伺いに、さしもの救い主もアップアップになりかけているのだった。

 

そうだったのですか、それは本当に大変ですね。お察しいたします。まあでも、正直なところ、神さまのところにも多額の寄付金が集まっていることですし、お神酒もたっぷり奉納を受けて、さぞかし美味しい思いも・・

 

「まったく、イメージばかりが一人歩きしておることよ。それは人間界の話じゃて。肉体を持たぬわしにとっては、触われも呑めもできぬぶん、むしろ悶絶ものじゃぞ」

 

夕暮れ時、ビアガーデンでグビグビと喉ぼとけを揺らすサラリーマンたちを雲の上から見下ろしながら、しみじみ「うらやましい」とつぶやく至高の存在の心中を慮ることのできる人間はそういなかった。

 

神さまだって、つらいこともあるのか・・

 

人間は全知全能の存在をあがめ、たたえ、捧げ、暮らしの安寧や平安を祈ってきた。だが、ときに「慎ましさ」という範疇を踏み越え、自己愛の極みに至るようなケースもみられるようになっている。

 

みんなを優勝させること、できません。みんなに宝くじ1等当ててあげること、できません。みんなを超絶イケメン・イケ女と結びつけること、できません!

 

神さまの切実な叫びは、ざんねんマンの胸にズシリと響いた。

 

神さま、もう無理をしないでいいのではないですか。人間のささやかな祈りだけを受け取れば、充分なのでは。これ以上耳を傾けていたら、神さまだって倒れかねないですよ。黄泉の国も、「働き方」の見直しが必要ですよ。

 

・・・

 

しばしの沈黙の後、神さまが口を開いた。

 

「そう慰めてくれるだけで、わしは胸がすいた」

 

声色に、ほんの少し力がみなぎった。一つ、考えが浮かんだようだ。

 

「おお、もう日が傾いてきた。話相手になってくれて、ありがとのう。わしはボチボチ、やっていくことにするわい」

 

茂みの隙間から、澄み渡る光が差し込んだ。ざんねんマンの瞳を、やさしく潤した。

 

神さま、どうかマイペースで!

 

その後も人間界から噴き上げられる願い事の勢いは陰ることがなかった。ただ、受ける方のスタンスはガラリと変わった。

 

「えーなになに、『私をピアノ大会で優勝させてください』とな。この手の願い事は、こないだわしがこしらえた自動振り分けルールに従って、こっちのボックスに移動じゃ」

 

ボックスの引き出し口には、神さまの手書きで「検討対象外」とあった。

 

そもそも無理筋の願い事は、成就させるために骨を折ることもしないことにした。心情的につらいところもあるが、業務の円滑な遂行のためにはやむをえない。もちろん、見捨てるのもしのびないから、「対象外」ボックスの中でひたすら眠らせておくが。

 

一方、神さまが目を輝かせるような願い事もあった。

 

「友達の美代子ちゃんが早く退院できますように」「お医者さんを目指して頑張っている哲郎君の夢が叶いますように」

 

誓いの類も神さまの胸を打った。

 

「この1年、私はしっかり家族を養って参ります」「私はギャンブルを一切やめ、お世話になった皆さまを二度と裏切りません」

 

誰かのために捧げる願い、祈り、誓いに、神さまは全力でエールを贈った。

 

本人の耳には届かぬところで、励ましの声を掛けた。それが陰に陽に力となり、人間の心の底に眠っていた能力を存分に引き出すことがあった。

 

自己都合で空想や妄想をたくましくする人々とは異なりに、切なる祈りを捧げる人々には、以前にまして笑顔があふれているようにみえた。結果を伴う伴わないとにかかわらず、表現のしようのない元気が伴った。姿形は見えないながら、そばで応援する誰かによる一層の力添えも、ひと役買っているのかもしれなかった。

 

神さまの仕事の「選択と集中」に、しかと貢献したざんねんマン。「今日も忙しい1日を送られているのかなあ」と気づかいしつつ、「まあでも聞き役になってあげたんだから、宝くじ3等くらいは当ててくださっても罰は当たらないだろう」と見当違いな願い事をつぶやき、神さまをがっかりさせるのであった。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~

【ざんねんマンと行く】 ~第24話・誰の役にも立たない人間はいるのか~

「僕なんか、いてもいなくても同じだい」

 

高校2年生の哲郎は天井を仰いだ。

 

勉強はからっきし。運動神経なんてさらさら。おかげに髭が濃くて、おじさんみたいな顔をしている。それに加えて気弱なところがあるから、友達なんかろくにできない。学校でも、自分はなんだか空気みたいな存在だよ。

 

お父さん、お母さんは優しいけれど、僕の空しさまでは気付いてもらえない。

 

誰にも求められない、誰の役にもたたない。こんな人生送っていくの、つらい。このまま生きていっても、いいことない気がする。

 

「どうせ、僕なんていなくたって、いいんだ!」

 

大人に近づく大切な時期。深まる自我の不安と不信。諦め。半ば投げやり気味に発した嘆きを、一人の男がハートでしっかりと受け止めた。人助けのヒーローこと、ざんねんマン。「しばし待たれい」とつぶやくや、自宅のベランダをトンと立ち日暮れ間近の大空へ。哲郎の暮らす伊豆の漁村へツーと翔けた。

 

ぼんやりと窓越しに夕空を眺める哲郎と、空に浮かぶマント男の目が合った。「あなたは一体・・」

 

このおじさん、心の中が見えるのかな。不思議な力があるようだ。相談相手になってくれるかも。

 

いやいや、ちょっと待て。大人にありがちな説教攻めなんか喰らわされたら、たまらないぞ。

 

窓越しに、哲郎は先制攻撃に出た。「僕はねえ、誰の役にも立たない人間なんです!生きてても意味ないんだ」

 

・・

 

やや沈黙があった。ああ、やっぱりこのおじさんも頼りにならないか。そう思った瞬間、マント男が口を開いた。

 

いやその、まずもって私に出番を与えてくださいまして、ありがとうございます。

 

拍子抜けした。お礼言われちゃったよ。

 

そこには理由があった。悩める人、苦しむ人がいてこそ、ヒーローが力を出せる。人生に諦めを抱きかける青年の存在は、それ自体が人助けを使命とするざんねんマンに生きがいを与えていた。

 

お兄さんがいてくれるからこそ、私がいるんです。どこかのコメディアンも言ってたじゃないですか。君がいて、僕がいる、と。

 

なんだか「俺うまいこと言った」風のドヤ顔をたらすざんねんマンに、哲郎は反撃した。「そういう臭いセリフ、いらないから。じゃあ聞きますけど、僕、他に何か役に立っていること、あると思いますか?」

 

今度こそ何も答えられまいー。優越感とともに、一抹の寂しさをかみしめながら、哲郎はマント男のリアクションを待った。

 

と、2階の窓越しに応酬を交わす2人の眼下で、1台のミニバイクが止まった。「〇〇通運で~す。お届け物で~す」

 

「あっ」とつぶやき、哲郎が玄関に降りた。ささっとサインをし、手にした箱を抱えて戻ってきた。「大好きなプラモデルを注文してたんだ」

 

むっふっふ

 

ざんねんマンが不敵な笑みを浮かべた。なんだ、今度は何を言い出すんだ、この変なおじさんはー

 

お兄さん、つまりはそのプラモデル会社を助けてあげたというわけですな。あなたが商品を一個お買い上げになった分、そのプラモ会社も売り上げが増えた。そこの社員も家族も、助かった。これもまた、誰かのお役に立ったということじゃないですかな。

 

むむむ・・

 

これまた予想してない反撃に、哲郎は黙り込んだ。たたみかけるように、廊下の下から声が聞こえてきた。「てつく~ん、ごはんよ~」

 

哲郎の母親だった。息子のため、日々愛情を込めて料理をこしらえてくれていた。「今日はてつくんの好きな、シチューよ~」

 

むっふっふ。つまりはお母さんにも生きがいを与えていると。

 

ざんねんマンの低い笑いが、哲郎の心を今までにない潤いと不快感でかきまわした。くっそう、この変なおじさん、言ってることは当たってるけど、なんかいまいましいぞ。

 

あ!まだありますよお兄さん!

 

あなたの好きだというシチュー。具材のジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ。どれも、育てている農家さんを助けてますね。お兄さんの胃袋が、日本のどこかで暮らしている農家さんと家族の役に立っているわけですよ!

 

息をし、食べ、寝ているだけでも、誰かを助けている。誰の役にも立たないという人間は、この地球上のどこにもいない。

 

うぬぬ・・

 

向かい合っているだけで、まだまだ実例を挙げられそうな空気に、哲郎はとうとう白旗を挙げた。「おじさん、確かにおじさんの言う通りですよ。僕は、誰かの役に立っている。それも、結構多くの人の、ね」

 

自分という存在が、世の中にあっても、許されていいのか。安らぎが、沈んでいた哲郎のこころをちょっとだけ軽くした。

 

そうですよ、お兄さん。だから投げやりになるんじゃなくて、自分なりに生きていくんですよ。

 

目立たなくたっていい。もてなくても、頭が悪くても、運動音痴でも、おっさん顔でも、いいじゃないですか。

 

「みなまで言うなー!」

 

哲郎は涙目になりながら、ざんねんマンを遮った。おじさんのおかげで元気は沸いてきたけど、ちょっとイライラさせるんだよなあ。

 

「もう僕は大丈夫です。ありがとう。あ、あと、もうこれからは僕が悩んでも飛んでこなくて大丈夫ですから!自分で対処しますから!」

 

青年の「再訪問お断り」宣言は、ドヤ顔が鼻につくヒーローへの反発から出た言葉ではあったが、こころの自立に向け確かな一歩を踏み出したことのサインでもあった。

 

とうとう部屋に入れてもらえぬまま、お役御免となった。ざんねんマン、それではーと短くあいさつをすると、とっぷり暮れた大空へと舞い上がった。

 

今日もなんとか人助けをこなしたヒーロー。青年の宣言に頼もしさを覚えるとともに、「今晩はかあちゃんのシチュー、いつもに増して食べるんだぞー」と哲郎が聞いたらまたいきりたちそうな上から目線でエールを贈るのであった。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~

 

☆これまでの出動記録☆

【ざんねんマンと行く】~第23話・ぜいたく反対を叫ぶ男の顛末~

ピンポーン

 

週末の昼下がり。午睡をむさぼっていた、人助けのヒーローこと「ざんねんマン」のアパートに、来客があった。

 

モニター越しに映ったのは初老の男性。肩に何やら、たすきを掛けている。「またまた、変なおいさんが来ちゃったよ」。ボヤきながらドアを開けた。

 

はじめまして。私は今度の国政選挙に立候補しようと思っとります、山田と申します。このたび、人助けのプロにぜひ、応援弁士としてご協力いただきたく、お願いに上がりました。

 

たすきには、手書きで大きく「ぜいたく反対党」と書かれている。やっぱり、面倒くさそうだ。

 

山田氏の訴えることには、いちおう理屈があった。今の日本は昔ほど景気が良くはない。その中で、一部のリッチ層が国富の多くを占め、その他市井の人々が生活に苦しんでいる。この不条理を変えたい。リッチ反対。リッチは敵だ。お金持ち、追放!

 

真面目に会社員生活を勤め上げ、一線を退いた後、世の中の矛盾に目が向くようになったのだという。「ビジョンを国策に落とし込む必要がある」と語る瞳には熱情があふれていた。政党として旗揚げする肚らしい。

 

語るほどにヒートアップする山田氏とは対照的に、耳を傾けるざんねんマンのテンションは下がっていく。「そうは言われましても、まあその結局、お金持ちへの嫉妬・・」

 

余計な一言が、山田氏の逆鱗に触れてしまった。「し、嫉妬とな!!そ、そんなことは、断じて、なあ~いっ!!」

 

だが、明らかに本音を指摘された模様 😂ややあって、山田氏が口を開いた。「でも、あなただってお金持ちは嫌いでしょ?」

 

私ですか?どうして私がお金持ちを嫌いにならないといけないんですか?私が迷惑こうむっているわけでもないですし、関係ないですよ。それよりですね、居酒屋でたまたま居合わせた紳士から一杯おごってもらうことのほうがありがたいってなもんで。やっぱり本当のお金持ちは使いどころを分かっていらっしゃる 😎

 

さもしい貧乏人根性を恥ずかしげもなくひけらかすざんねんマンに、今度は山田氏が圧倒される番だった。この男、究極の“負け組”か。いや、もしかしたら人生の“勝ち組”なのか・・・

 

自分の幸せとはどこにあるのだろう。他人と比べたときの立ち位置か。そこに絶対的な安心は、ない。誰かを憎んだところで、それで自分が幸せになるわけではない。

 

もちろん、お金持ちが富をかき集めることは、不平等を感じさせなくもない。だが、能力があり努力の末につかんだものなら、異議を申し立てる余地はない。むしろ、そういった富を使わないまま口座に眠らせておくことの方が問題だろう。

 

お金は世の中で出回ってこそ価値がある。血流と同じ。使ってなんぼなのだ。お金持ちよ、お金を稼ごう。そして、どんどん、ジャンジャン、使っていこう!

 

山田氏の瞳の奥で燃え盛っていた、嫉妬の炎がスーと静まった。代わりに、80年代を彷彿とさせるバブル魂に火が付いた。

 

「ありがとう!向かうべき道が、見えました!」

 

両のまなこをかッと開くと、たすきを脱ぎ取った。手書きしていた政党名の「反対」をマジックペンでかき消すと、赤字で大きく「賛成」と書きかえた。

 

なんとも分かりづらいたすきになった😂

 

山田氏は嬉々とした表情でドアを開け放ち、昼下がりの街中へと消えていった。

 

それから数週間後。ネットの動画投稿サイトで、山田氏の開設したチャンネルがバズり始めた。その名も「ぜいたく賛成党」。番組内で、山田氏は熱く視聴者に語りかけていた。

 

リッチな皆さん!お金を、使いましょう!それで世の中が潤うんです。

 

リッチな方だけじゃありませんよ。世の中のお父さん、ぜひ、お金を使いましょう!居酒屋、行きましょう!スナックで、歌いましょう!それで大将、ママさん、出入りの酒屋さんが、潤うんですよ。

 

お父さん、ぜひ帰宅の際は、奥様に花束をプレゼントしましょう!奥様も喜ぶ。家庭円満。それに、地域の花屋さんだって助かります。たまにはパチンコだって。勝ったら、子供さんにおもちゃをプレゼント。お父さんの家庭内地位、あがりますよ。

 

山田氏の訴えは、外で飲みたいサラリーマンたちの恰好の口実になった。「これだよこれ!今の時代に求められるのは、こんな考え方なんだ!!」。奥さんを説得し、飲み屋に繰り出す人が急増した。

 

昼間のレストランも、ランチ会を楽しむ奥様方でにぎわいだした。

 

世の中の“血流”が良くなるにつれ、少しずつ税収も増え、貧困など社会的な課題が緩やかながら改善へと向かっていった。

 

今やフォロワー〇万人を抱えるようになった山田氏。「選挙よりこっちの方が楽しいし、儲かる」とすっかり初心を忘れ、しこしこと動画を投稿するのであった。

 

一方のざんねんマン。山田氏の活躍を称えつつ「むふふ、彼からはぜひ一杯奢ってもらわんとなあ 」と不敵な笑みを浮かべるのであった。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~

 

☆これまでの出動記☆

 

【ざんねんマンと行く】 ~第22話・押しの弱さもときには魅力になるかもしれない~

「お待たせしました、ただいまからチケットを拝見します」

 

都内のとあるシネマコンプレックス。SFの最新作品が封切りとあり、映画館は若者を中心に大勢の人でごった返していた。スタッフが声を張り上げると、カップルや家族連れが流れるようにゲートへと吸い込まれていった。

 

その中に、今年で50になる誠もいた。週末の貴重な息抜きタイムだ。仕事を忘れて、大好きな宇宙ものの世界に浸るのだ。

 

いったん化粧室に立ち寄り、2時間のめくるめくワンダフルな旅への準備を整える。さあ、いよいよ入場だ。

 

シアタールームのドアを開けた。人の熱気でムンムンしているけど、心配はいらない。ネットで席を抑えているから。中央側は人気で取れなかったけれど、後ろの端っこからじっくり眺めるつもりだ。

 

抑えた席の並ぶ列まできたところで、うなった。もう人がずらり並び、膝にかばんやポップコーンの箱を置いて座っている。

 

ひとりひとり、足を引っ込めてもらいながら、進まないといけないのか。

 

普段から押しが弱く、引っ込み思案なところがある誠は、ひるんだ。「迷惑かけられない」

 

せっかく抑えた席を、諦めた。ちょうど、シアタールームの後方にちょっとしたスペースがあり、そこから眺めることにした。ああ、今から2時間、立ち見かあ。きっついなあ。でも、仕方ない。すっかり映画鑑賞モードに入っている人たちを邪魔したくないし。

 

映画自体は、最高だった。とある惑星を舞台にした友情物語。星は違えど、やっぱり、大切にするものは同じなんだな。見てよかった。

 

エンドロールがきた。かちこちに固まったひざをほぐす。「今日はちょっと疲れちゃったかな」と苦笑しながら、群衆に紛れルームを後にした。

 

その少し後ろを歩いていた、一人の少女が隣の母親にささやいた。

 

「あのおじちゃん、席に入れなかったね」

 

少女は最後列の席から映画を眺めていた。誠が、ずっと立ちんぼをしていたのに、途中で気づいた。きっと、人を押しのけるのができなかったんだろうなあ。温かい性格の少女には、誠の気持ちが不思議と分かった。

 

「おじちゃん、優しい人なんだろうね」

 

少女のつぶやきに、若い母親はまなじりを下げた。「ほんとだね。おじちゃんの気持ちが分かるあなたも、優しいわ」

 

2人のさらに後ろで、一人の男がうつむき加減に歩いていた。人助けのヒーロー・ざんねんマン。実は母子と同じく最後列に座っていた。しかも中央の通路側。終始立ちんぼをしている誠に、結構はじめの方から気づいていた。

 

本当のことをいうと、席を譲りたかった。いたたまれなかった。でも、誠と同じく引っ込み思案で、ついに言い出せなかった。「あのおじさん、きつかっただろうな。かわいそうだったなあ」

 

押しの弱い、一人の男性の存在が、人知れず誰かのこころに優しさの種をまき、花開かせていた。

 

内気も、引っ込み思案も、必ずしもマイナスに考えるものではないのかもしれない。人を押しのけてまで、自分の権利を主張したくはない。そんなことを考えられる、人の気持ちを推し量れる性格は、それ自体が宝だといえるかもしれない。

 

帰り道、ざんねんマンはつぶやいた。「次、もし映画館の後ろで立ちんぼをしている人がいたら、最初から席を譲ろう」

 

まあほとんど目にすることのない場面に思いを巡らしながら、ヒーロー魂を燃やすのであった。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~

 

☆これまでの出動記録!いろんなことやった、やらかした☆

 

 

【ざんねんマンと行く】 ~第21話・一度は「主役」になりたいと妄想膨らませる男~

僕だって、主役になりたい!


大学生の航(わたる)は、ふつふつと沸き起こる思いをどうにも抑えられなかった。

 

幼いころから、教育熱心な親の下で学習塾に通い詰めてきた。だが、生来の勉強嫌いで、成績は一向に伸びず。受験で挫折を繰り返し、今は滑り止めの大学で失意の学生生活を送るのであった。

 

これといった特技もない。サークル活動でも目立たない存在だ。親からは半ば見放され、バイトで食いつなぐ日々。これからも、日陰暮らしの一生が続いていくのかー。そう思うと、気が滅入るばかりだ。

 

せめて一度ぐらいは、僕も人からあがめられる立場の人間になりたい。神様がいるか分からないけど、一度でいいからこの願い、叶えてほしい!

 

ほとばしる魂の叫びは、一人の男にしかと届いた。人助けのヒーローこと、ざんねんマン。都内のアパートのベランダをあらよっと勢いよく飛び立ち、航の暮らす九州へと向かった。

 

まもなく航の暮らす福岡市内のアパートに到着。ベルを押し、中から出てきた航の瞳には、期待とも哀願ともつかぬ熱情が満ちていた。

 

「あなたが僕の神様なんですね!ありがとう、本当に、ありがとう!僕を、主役にしてください!」

 

あまりの熱のこもりように、さすがのヒーローも若干興が覚める。お兄さんね、主役にするって、劇団じゃあるまいし。簡単にできるもんじゃ、ありませんよ。

 

「ええー?!んな、アホなー!」

 

悲痛な叫びが、狭い室内にこだまする。甘い、甘いよ青年!

 

ざんねんマン、口角泡を飛ばした。「主役になるったって、努力とか運とか、いろいろなものがいるんですよ!私もね、ヒーロー業界の末席に座らせてもらってますけどね、はたして主役といえるかどうか、微妙なもんですよ。ほかの登場人物の方のほうが、キャラ立ってることのほうが多いくらいですよ」

 

自らの悲哀をさらけだしながらも、ざんねんマンは続けた。「でもね、主役の雰囲気を味わうことはできますよ。主役の間近にいるからだろうなあ」

 

主役になれなくても、誰かを主役にすることはできる。その人のそばにいて、しっかり支えることで、その余韻に浸ることは、できるはずだ。

 

うーむ、と腕を組んだ航、一つひらめいたようだった。「よし、どうせうだつの上がらん人生だ。いっちょ、挑戦してみるか」。ざんねんマンを送り出した航の瞳には、これまでにない活力があふれていた。

 

2週間後。福岡髄一の繁華街・中州で一軒の飲み屋がオープンした。その名も「殿様バー」。


名前に引かれたサラリーマンがのれんをくぐると、戦国時代さながらの肩衣(かたぎぬ)をまとった航が片膝をついて迎える。「殿!城下の見回り、お疲れ様でござりまする」

 

ニヤリとするサラリーマンに、航はたたみかける。「城下の平和、みな殿のご人徳のおかげなりと市井の者どもは話をしておりまする」

 

用意した熱燗を、トクトクとお猪口についでいく。恍惚とした表情を浮かべる客に、航はさりげなく耳打ちをする。「して、殿、こたびの四国征伐の件にござりまするが・・・。討ち入りは、いつごろに」

 

客、ほろ酔い気分も混じり、すっかり殿様気分だ。「うむ、そうじゃの、梅の花が咲き始めるまでに」

 

日ごろは口にできない、くさいセリフが、あふれるように出てくる。ああ、俺は今、殿様になっているんだ!俺、かっくいい!!俺、シビれる!!

 

サラリーマンの深層心理に潜むヒーロー願望に応えたか、「殿様バー」は見る間に繁盛。口コミで人気が広がり、従業員を10人ほども抱える人気店となった。

 

店員の肩書きも増えた。創業者の航は「大老」。従業員は年齢の高い方から「老中」「侍大将」「槍持ち」といった具合だ。

 

ついには小倉にもチェーン店を出店。店長は「城代」として新領地の統治、もとい、ファン開拓にいそしむのであった。

 

いまや、文字通り一国一城の主となった航。「経営者の仕事も、楽ではないよのう」と語る姿には、押しも押されぬ「主役」としての風格が漂っていた。

 

人を立て、自らも立った。

 

航の夢をかなえたざんねんマン。「恩人として、殿様バーでしっかり接待してもらおう」とペロリ舌を出すのであった。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~

 

 

【ざんねんマンと行く】 ~第20話・殿様の悲哀(下)~

~(上)はこちらです~

【ざんねんマンと行く】 ~第22話・殿様の悲哀(上)~ - おじさん少年の記

 

「そうです。と答えられれば、よいのですが」

 

ざんねんマンの一言には、どこか哀しい響きがこもっていた。

 

たしかに、私の暮らす21世紀の日本では、衣・食・住の問題はほぼ解決されております。生活が立ち行かない人に対しては、国が面倒をみる仕組みもできているんです。その点でいいますなら、殿様の時代に比べてはるかに世の中は良くなっている、といえるのでしょう。

 

「ならば何の問題もないではないか」

 

合点がいかぬ表情の忠直公に、ざんねんマンは困惑した。どうやって説明したらいいものか。

 

「衣食足りて礼節を知る」、といいますよね。21世紀の日本は、ようやくその段階に入ったといっていいと思います。礼節をわきまえる余裕ができたわけです。ですがその先に、殿様の時代の人々からは想像もできないような問題が現れてきたんです。

 

暮らしが安定した先に、目指すべきものが、ない。

 

生きていくのが必死だった時代は、生きること自体が目的だったと思います。ところが私たちの時代では、それは問題でなくなった。その代わりに、次に据えるべき、はっきりした目標が見当たらなくなってしまった。そう感じている現代人は少なくないと、私は思います。

 

ものは満たされても、心は満たされない。そこに拠って立つべき羅針盤が、見つからない。これはこれで、辛いものだと思いますよ。

 

引きこもり、不登校うつ病自死。どれも、現代に至って顕著になっている心の問題ばかりだ。

 

「うむう・・・そちの時代も、なかなか息苦しい世のようじゃなあ」

 

忠直公、思わずため息をついた。

 

いつの世も、悩みがあり、喜びがある。桃源郷のような時代は、現れないのかもしれない。人はその時代時代で、苦しみを抱え、打開策を見つけようと模索するものなのかもしれない。21世紀の現代人も、3歩進んで2歩下がりながら、何か新たな価値観や指標を見出していくことになるのだろう。

 

「余は決めたぞ。余の時代に、帰る」

 

自ら選んで生まれた時代ではない.。が、そこで生を受けたことに、何かの意味があるのかもしれない。余は縁あって生まれた江戸の世で、残された生を悔いなく生きつくそう。

 

忠直公、決然と立ち上がった。「最後に、もう一回だけ、厠を借りるぞ」

 

15分間、殿様はトイレから出てこなかった。中からは、先ほどよりも音程が高いあえぎ声。どうも、ウォシュレットのボタンを最高の「5」にしたようだ。最強水圧で体も心もスッキリした後、従容(しょうよう)とした表情でタイムマシーンへと向かった。

 

・・その後。忠直公はさらに数奇な人生を歩むこととなった。

 

領国である福井を追われ、遠く九州・豊後国に配流となった。城下町から離れた、ひなびた集落で、終生、蟄居生活を強いられることになった。

 

だが、そこでの忠直公の心持ちは、かつてと全く違っていた。対人不信の塊だった心に、凝りがほぐれた肩のように柔軟性を取り戻した。現状を嘆くでもなく従容と受け入れたことで、不遇とみられる環境の中で心の余裕を見出した。

 

かつて苛政で家臣や住民を苦しめた暴君が、民を慈しみ、寺社への寄進を惜しまぬ信心深き存在に変わった。民に愛された忠直公は、天寿を全うした後も「一伯公」との尊称で慕われ、現在に至るまで公廟が大切に守られている。

 

21世紀。忠直公の「その後」を図書館で調べたざんねんマンは、人生の後半で本来の輝きを取り戻した殿様に心の中で賛辞を贈った。

 

僕も、せいいっぱい、今の時代を生きていこう。

 

華はないけど、目立った仕事もできないけど、自分なりに、できる範囲で、人助けをしていこう。

 

ヒーロー稼業にますます意欲を強めたざんねんマン、次に出逢うタイムトラベル業務に向け、「演出としてウォシュレットの水圧をもうちょっと強めとこう」と本筋から外れたとこで芸磨きに腐心するのであった。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~

 

 

【ざんねんマンと行く】 ~第20話・殿様の悲哀(上)~

余(よ)は、生まれる時代を間違うた。

 

ときは17世紀。寒風吹きすさぶ、越前国・福井。ここで長らく殿様を務める藩主・松平忠直(ただなお)公の気持ちは、深く沈んでいた。

 

江戸幕府の開祖・徳川家康公の孫として生まれ、何不自由ない幼少期を送った。恵まれすぎた環境は、しかし「足ることを知る」という健全な倫理観を少しずつむしばんだ。

 

幕府誕生から15年後、最後の内戦・大阪冬の陣で大勲功を挙げたが、恩賞が少ないと不満を爆発させ、幕府との間に亀裂が深まっていった。

 

不満、不信の矛先は自らの領国に向いた。ささいなことで癇癪を起こし、遂に家臣を殺めるほどの乱行を繰り返すようになった。その結果、幕府から隠居を命じられたのである。

 

頼んでもないのに、偉い武将の家系に生まれ、統治者の座に座らされた。自由があるようで、何もない半生だった。せめて一度、違う世界をのぞいてみたい。この時代ではない、どこかを眺めてみたい。

 

数奇な運命の下に生まれた男の願いは、時空を超え、一人の男の心に届いた。人助けのヒーローこと「ざんねんマン」。都内のアパートで一人夜食をとっていたが、味噌汁を勢いよくすすり上げると、机の引き出しを空けて自作のタイムマシーンに飛び乗った。

 

時空トンネルを抜けたところで、ご対面。忠直公、驚きと喜びを全身で露わにした。「そちが、余の願いを叶えてくれるのか?!」

 

そうですね、本当は時空をゆがめるようなことは許されていないのですが、願いが切実なようですので、ほんの少しだけご案内しましょう。

 

21世紀の東京。ざんねんマンの暮らすアパートの一室にご案内した。殺風景な部屋ながら、窓越しに街中を行き交う人々が見える。と、1台の原付バイクがブイーンと駆け抜けた。

 

「おお、なんと速く走る乗り物なのじゃ!」

 

忠直公、興奮で窓にかじりつく。続いて現れたるは二人乗りのオープンカー。実におしゃれなデザインだ。ハンドルを握る妙齢の美しい女性に目を奪われていると、車道に沿って走る鉄路を特急列車がゴゴゴーと轟音を立てながら追い抜いていった。

 

「な、なんと・・技の進んでいることか!」

 

とどめを刺すように、ざんねんマンが空を指さした。その先には、ちょうど離陸したばかりの飛行機。「あれはですね、たくさんの人を乗っけて、遠いまちに運んでくれる乗り物です」

 

忠直公、もはや驚きで言葉も出てこない。「江戸から京まででしたら、湯あみをするぐらいの時間で、着いてしまいます」との説明も、耳に入っていない様子だった。

 

腹が減っては戦ができぬとばかりに、ざんねんマン、出前でラーメンを注文した。ややあって自宅に届いたのは、とんこつラーメン、餃子、キムチ、炒飯。「殿様、どれでもお好きなものを」と勧めると、忠直公は殿様らしく、遠慮なしに箸を伸ばし始めた。

 

う、うまい・・。この、胡椒の効いた飯は、最高じゃな。そちたちは、こんな美味な馳走を、毎日口にしておるのか。さてはおぬし、どこか高貴な家の出の者か・・

 

いや~まさか。私はただのしがない会社員ですよ。みんな、これぐらいの出前はとれる生活を送っています。

 

見るもの、聞くもの、口にするもの。すべてが新しく、美しく、素晴らしい。しかも、既に殿様のような職業はなく、みんな平等らしい。忠直公、自分より400年後に生まれた世代の暮らしを、心から羨ましいと思った。わしも、この時代に生まれたかった・・

 

「すまぬ、ちょいと厠に」

 

忠直公が腰を上げた。ざんねんマン、トイレに案内した。洋式便座の使い方を教えてあげた。それでは殿様、ごゆっくり。

 

10分後、トイレのドア越しに、うめき声ともあえぎ声ともつかぬ音が漏れてきた。

 

「おおっ、おぅ、おふう~~」

 

それはまさに、殿様がウォシュレットの水しぶきを受けている瞬間なのであった😅


バタン


戻ってきた忠直公の瞳には、感動と、安らぎが浮かんでいるように見えた。

 

技術は進んでいる。民(たみ)の暮らしも豊か。余のように、生まれながらに仕事を運命づけられている者は多くないらしい。これほど素晴らしい社会が広がっているとは。

 

「おぬしの時代は、まこと素晴らしい。もはや、民には悩みも憂いも、何もないのじゃろうのう」

 

忠直公の希望に満ちた表情とは対照的に、ざんねんマンはやや寂し気にうつむいた。

 

「そうです。と答えられれば、よいのですが」

 

~(下)に続く~

 

週末出動!

 

 

 

【ざんねんマンと行く】 ~第19話・亡き人を偲ぶ~

こらえようと思っても、こぼれる涙を止めることができない。

 

公私でお世話になった、人生の先輩が、世を去った。


急性期の病におかされていたらしい。人づてに調子が悪いとは聞いていたが、まさかこれほど早く、あっけなく逝ってしまうとは。

 

玄関前のポスト。訃報のハガキを手にした誠は、しばし立ち尽くした。

 

亡くなった方は、仕事の取引先の社長さんだった。事業規模は大きいのに、いばることの決してない、人を気遣うことのできる人物だった。年齢が2まわりも違うのに、当時30代だった誠にも気さくに声を掛けてくれた。よく居酒屋に連れていってくれた。スナックには何度一緒に行ったことか。もう一人の”呑み仲間”と一緒に、マイクのリレーをした光景が忘れられない。

 

その人のおかげで、楽しい思い出をたくさんつくることができた。せめて、生きている間に、感謝の言葉を伝えたかった。いや、何とかして伝えたい。今からでも何かできないか。誰か、智恵を与えてほしい。

 

真摯な祈りを、一人の男がしかと聞き届けた。人助けのヒーロー、人呼んで「ざんねんマン」。東京は荒川の河川敷でジョギング中だったが、よいさぁと掛け声よろしく誠のいる金沢へと飛び立った。

 

「誠さん、その方のこと、本当に好きだったんですね」

 

ざんねんマンの問いかけに、誠は深くうなずいた。はい、あの方の純粋な人柄が、本当に好きでした。人としてね。いつも明るく、笑顔でした。しかも、人の悪口は言わないんです。一緒にいるだけで、安らげました。失礼な言い方になるかもしれませんが、僕にとっては年の離れた親友のような存在でした。

 

彼を慕う人々に気を遣わせまいと、最期まで病状の進行状況を詳らかにしなかったようだ。お葬式も家族でひっそり執り行ったと、ハガキにつづられていた。去り際も本当に、あの社長さんらしい。

 

「私にも、そんな人がほしかった・・」

 

いつもは能天気な様子のざんねんマンが、しんみりとつぶやいた。

 

ヒーロー稼業は見た目ほど華やかではない。日ごろは身分を隠し、しがないサラリーマン生活に耐えなければいけない。正体がばれると、みんなが頼ってくるかもしれないからだ。誰ともつかず離れずの関係でやっていくからこそ、いざというときに本領を発揮できる。やりがいはある。ただ、寂しさはぬぐえない。

 

「親しい人との思い出があること自体、うらやましいです」

 

心から恨めしそうに見上げられた誠は、面食らった。慰められるかと思いきや、むしろ嫉妬されるとは まあ確かに、社長さんといると楽しかったですよ。カラオケで歌っていたクラプトンの「crossroads」は、シビれたなあ。スナックのママさんは「てっちゃん」って親しげに話しかけてたなあ。

 

「誠さんの話を聞いていると、その『てっちゃん』さんが目に浮かぶみたいだぁ」

ざんねんマンに、笑顔が戻った。

 

記憶とは不思議なものだ。その人の胸の内にある限り、それは既に躍動力を失った「過去」にとどまる。だが、ひとたびそれが誰かに語られると、今まさに展開する「体験」としてよみがえるのだ。

 

語っていこう、あの人のことを。

 

誠は深く息を吐き、吸った。「ありがとう、ざんねんマン。心が晴れました」

 

寂しさはぬぐえない。それでも、あの人のことを語れば、聞いた人の心の名で、生き生きとよみがえる。今まさに、ざんねんマンの瞳の向こうでは、スナックのソファから立ち上がったてっちゃんが、拳を握ってのどを震わしているじゃないか。あの人のことが心に浮かぶたびに、思い出を語ろう。それが、あの人の供養になり、心の交流になるのだ。

 

瞳に光が戻った誠を見て、ヒーローもひと安心した。「僕も何か、元気もらえました」

それじゃ、と帰途に就いたざんねんマン。澄み渡る夕暮れ空を気持ちよさげに泳ぎながら、「今晩はスナック行ってcrossroads歌おう」と早速てっちゃんの友達を気取るのであった。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~

 

 

【ざんねんマンと行く】 ~第18話・数学者、己の才に限界を感じる~

上には上がいるもんだ。

 

誰もが憧れるT大学に合格した一郎。得意の数学を武器に、中学、高校と学年トップを独走してきた。が、さすがに国中の俊秀が集まるT大学では自力の差がにじみ出てくる。院までは進んだものの、天賦の才が光る仲間たちに囲まれていると、己の能力の限界をいやでも思い知らされる。日々、嘆息が、漏れる。

 

「あぁ、ダメな人間だ、俺は。これから、何の道に進んだらいいんだ!神よ、仏よ、俺にヒントを!」

 

心の叫びは、確かに届いた。人助けのヒーローこと、ざんねんマン。新橋駅前の立ち食いそばをすすり上げると、夕暮れ空へふわり舞い上がる。日比谷公園上空をツーと越え、あっという間に一郎の暮らす本郷界隈のアパートに着いた。

 

「あなたは、もしや、数学の神様・・?」

 

真剣な表情の一郎に、ざんねんマン、たじろいだ。「ごめんなさい、数学の神様ではありません」

 

なんなら、二次方程式とか、関数とか、ベクトルとか、全部、分かりません。その関係の質問は、すいませんが、お受けしかねます。

 

「だったら何で出張ってきたんだよ!」

 

一郎が怒りともあきれともつかぬ声で叫んだ。「あんた、何かいいアドバイス、くれるんだろう?どうするよ、どうする!俺、数学の道、諦めるしかないんだぞう?」

 

諦めるって、そんな、おおげさな。たかだか、あなたより出来のいい学生さんたちがいたってだけじゃないですか。

 

「なな、なにを~!お、俺のこの気持ちが、あんたなんかに分かるか~!」

 

分かるわけないでしょうが!私は分数の段階で数学の勉強は終わったんですよ!今使っているていったらね、麻雀の点数計算のときぐらいですよ!

 

「あ、数学を、バカにしたなー!バカにしたら、いけないんだぞー!」

 

バカになんかしてませんよ!遊びで使って何が悪いんですか、遊び上等!遊んでなんぼじゃあぃ!

 

求道者のように公式の美を追いかけてきた一郎にとって、「遊び」という言葉は聞き捨てならぬものだった。そう、聞いたこともなく、今まで考えたこともない発想だった。

 

「遊び、遊び、か・・」

 

子どものころ、数字の世界に親しんだのはどんなきっかけだったか。かくれんぼで「いーち、にーい」と節を付けながら楽しく覚えていったのではなかったか。楽しさが数字に親しむ原点であったはずだ。遊びの世界に、俺の数学の知識を役立てることはできないか。

 

「俺、ちと思いついた。ありがと」

 

一郎は短く語ると、おもむろにざんねんマンを玄関へと送り出した。

 

2週間たち、本郷界隈は一つの話題でバズっていた。駅前のクレープ屋が、値札に数式を張り始めたのである。

 

「バナナクレープ √2/3×3×√8/3 ×100 円」

 

仕掛け人は、そこでバイトをしている一郎だった。目立つように付けられた挑発的な値札は、数字の世界に熱い中高生たちを燃えあがらせた。これ見よがしに、100円玉4枚をサラリと出す中学生がいるかと思えば、虚数iを含んだ難題をクリアした高校生が、「釣り銭はもってけぇ!」と格好つけて店員に千円札を手渡す。

 

早く出せ、早く、次の問題を出せぃ、クレープ屋のICHIRO!!

 

いつしかクレープ屋は「日本で一番頭を使う出店」として世の注目を集め始めた。店の売り上げも急上昇。何より、子供たちが遊び心を露わにしながら問題を解く姿が、一郎にとっては大きな喜びだった。

 

俺、楽しみながら数学を勉強できる仕事をしてみよう。

 

その後、一郎はちょいとだけ悪だくみをした。値札の一つにこっそり付けたのは、世界超難題とされる「リーマン予想」。解けた人物が現れたら、預かった解答をそのまま学会に持ち込もうともくろんだが、天使は現れなかった。

 

からっきしダメな数学の世界でも、なんとか助っ人仕事をこなしたざんねんマン。「格好悪かったけど、結果よければすべてよし!」といばるのであった。

 

~お読みくださり、ありがとうございました~